君さえ:短編集

へんな動物の場合

「あ、――いぐ、♡ どらこ、イく、も、あッ」
「うん、うん。いいよ、我慢しないで、」
「ひっィ♡ んッ、どぁこ、は?♡」
「だい、じょうぶ。わたしも、もう――」
「ん♡ ん♡♡♡ あッ♡ イく、イくイくイく……ッッッ♡♡♡」
 真っ白になった意識の中で。
 今日もだめだった、と思った。
 
「粗茶です」
「セルフサービスの?」
「ポットに湯を入れるまではやってるから半セルフ」
「ドリンクバーもお湯は最初からセットされていますよ」
 とはいえ、この人に任せるのも怖いですしね。私は鼻を傾けて、ポットに湯を注ぎます。ドラルクさんが用意したのでしょう茶葉が踊っていました。
 今日はね、私が遊びにきたんじゃないんですよ。ロナルドさんからの呼び出しです。思えば、ドラルクさんに呼び出されることのほうが多いんですね、彼に呼び出されるのは割と珍しい。ないことはないですけど。
 彼はそわそわそわそわと、落ち着かない様子でした。
「ドラルクさんはいらっしゃらないんですか」
「クソゲーレビューでオータムだよ。クリアまで帰れねえって言ってた」
「あの人も飽きませんねえ。それで、今日は突然どうしたんです? なにかとっておきのY談が?」
「う、……たぶんそう、部分的にそう……」
「えー!?」
 アキネイターの選択肢みたいな回答に、めりめりメキャ、と私の身体が変貌していきます。すっかり慣れたロナルドさんはなんの反応も示さず、ちょっとしょんぼりですが。最初の頃の反応面白かったなー。
 しかし。
「……でもどうせ、おっぱいの話でしょう?」
「暴走即クールダウンすな」
 まあ元の姿に戻るほどのクールダウンではないですがね。この人から出てくるものは大したものではありませんが、とはいえおっぱいの素晴らしさは否定できません。
 あー、うー、と彼が唸ります。銀髪が目元を隠すと、退廃的な雰囲気が漂うのは不思議ですよね。黙っていればなんとやら。
「吸血鬼から見て、さあ……」
「はい?」
「俺、の、……その……」
「あなたの」
「お、俺のうなじ――って、やっぱ、ダメなのかな……」
 あ。
 私これ地雷踏んだな、って思いました。
 ええ、もちろん、ドラルクさんの地雷です。
「おおおまえにこんな、こんな話すんのって思ったけど、でもいやらしい話するってなったらお前しかお、もいつかなくて、あと吸血鬼だし、それで」
「ははあ……はあ、はあ。なるほど、わかりました。ドラルクさん絡みですね」
 死はもはや確定したので、開き直っていきましょう。
「ミャ゛」
「うなじマスターのドラルクさんに聞かないってことはそういうことでしょ」
「すげえいらねえ称号だ」
 でも、と彼は項垂れました。
「……そんぐらい言われるくらいさ、アイツ、好きなんだよな。うなじ……」
「……ええ、まあ」
 はあ、なんてため息をつかないでくださいよ。
 こぽ、と紅茶を注ぎます。もちろん、私の気を落ち着かせるために。
 彼はがくりと項垂れました。
「アイツ、と、さあ。俺、」
「みなまで言わずとも。あなたたちの距離感で付き合ってないって言われたらそちらのほうが信じられませんし」
「あ、いや、……いやではないんだけど。パートナーシップ……出すんだよ」
「パオオオ!?」
「……ごめん、こんな話聞きたくないよな……」
「いや、いや驚きはしましたけど、そんなことありませんよ! ただお祝いとかなんにも用意してないじゃないですか、先に言ってください!!」
「ドラ公の親父さんと同じこと言う……」
「なんで同じ失敗繰り返してるんですか。しかも義父相手にやらかしてるし」
「ぎふ」
「そうですよ。え? 今ですか?」
 そこまで進展してるとは思わなかったじゃないですか!!
 ははん。
 わかりましたよ。
「なるほど。籍まで入れるのにうなじに触れてこないドラルクさんに不安になってしまったということですか」
「うぐッ」
 んぼ、とロナルドさんが顔を真っ赤にしました。
 だって、だって、ともじもじする大柄の成人男子。
「アイツにおっぱいはねえけどさあ、俺にうなじは、あるじゃん……」
「まあうなじが無かったら怖いですよね、私ありませんけども」
「なのに、なのに……アイツ、全然触らねえっつうか、見向きもしない感じで」
 んー、なんて考えるそぶりはしてみますが。
 そりゃあ、そういうことでしょ、吸血鬼なんだし。
「あのですね。これはこう、広義的な意味で、ですが」
「おう」
「喉が渇いちゃうんだと思いますよ」
「のど?」
「ロナルドさんにわかりやすく言うなら、目の前に唐揚げが山積みされてる感じです。でも、その唐揚げをぱくぱく食べちゃうと、ドラルクさんが死んじゃうかもしれない。……人間の血を吸い尽くしてしまったら、死んでしまうでしょう」
「う、ん。?」
 ロナルドさんはわかるようでわからない、という顔をした。
「……エロいのと食欲って結構近いの? 吸血鬼……。俺は別に、エロいことしてる時に腹減りはしねえけど……」
「ええ、まあ。そんな感じです」
「……俺の血、欲しくなるから、見ないようにしてる?」
「おそらくですけど。まあドラルクさんに直接聞くのが一番ですよ」
「それが出来たらへんなに相談しねえ」
「それはそれでパオー」
「いや、されたくもねえだろ……」
「そうでもありませんよ」
 うん、いい蒸らし時間でしたね。紅茶おいしい。
「友人に相談されるのは、どんな内容でも嬉しいものですから」
「……へんな」
 ちょっといい空気を醸し出してみたりして。
「それが下ネタともなれば。信頼関係があってこそでしょ」
「まあ、……うん、そうだな」
 ロナルドさんもようやく紅茶に手を伸ばしました。遠慮とかではなく猫舌なんだとわかっていますけど。
「吸血は許してるんです?」
「ん……でも、アイツほら、胃も弱いから。一回しか飲んでない」
「その時は死ななかったんですか、ドラルクさん」
「死んでた。あとでやり直すとか言ってたけど、そのあとでが来ない」
「……それでさらに不安に?」
「……、」
 こくり、と彼が頷きます。
「不味かった、のかな、やっぱ。若い男の血はくどいって言ってたし」
「さあ。あ、請われても味見はしませんからね」
「なんでだよ」
「ドラルクさんに私が殺されます」
「反作用でアイツが死ぬだろ」
「いやな心中になるなあ」
 まああの人は復活するんでしょうけども。
「私は吸血鬼ですが、ドラルクさんじゃありませんから。彼がなにを考えているかまではわかりませんし、正解を導くことは叶いませんが」
「……うん」
「不安なことがあるなら、面と向かって言ってみたほうがいいと思いますよ。だって、家族なんですから」
「……へんな、お前」
「はい」
「……俺とドラ公の話でも興奮できるんだな……」
 三倍になった視界で、三人に増えたように見えるロナルドさん。
 解決には至っていませんが、多少は気が紛れたみたいですね。はじめの頃の憂鬱さは抜けたように感じますから。
 ぽり、と頬をかいて、ロナルドさんは言いました。
「あー、ありがとよ。フォン」
「! ……ええ!」
 このお礼は秘蔵のエッチブックで構いませんよ、と微笑んでみせますとも。

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