君さえ:短編集

  1. ドラウスの場合
  2. ヒナイチの場合
  3. 悪友の場合
  4. へんな動物の場合
  5. お兄ちゃんの場合

ドラウスの場合

「遊びにきたよドラルクーッ!!」
「いねえぞ」
「エーン!」
 なんでアポ取らねえんだ。いい加減学習しねえのか?
 パパーン、とかそんな感じの効果音が鳴ってそうな、息子に会える喜びを満面に表していた顔が一瞬で泣き顔に変わる。哀れだな、と思うと同時に、ドラ公は幸せ者だな、なんて毎回思っていた。
 哀れな親父さん――ドラウスは、しょぼしょぼと俺を見る。
「……今日はドラルクはどこに……」
「あー、安心しろ。買い出しだからすぐ戻ってくるさ、なんもなきゃあな」
「ウゥッ心配だ、迎えに」
「子離れしろって」
 茶でもしばくか? 問いかけながらデスクから離れて居住スペースの扉を開く。
「キンデメ、ドラ公出かけてから何分くらいだっけ?」
『ぐぷ。時計は見ていないが、体感では二〇分ほどか』
「んじゃまだスーパー半分回ったくらいかな」
 急な来客があったらまるっとこれを出せ、と言われているティーセット。ヒナイチの襲撃があったから茶請けのクッキーがないが、まあよかろう。
 事務所に戻り、セットを突きつけた。
「自分で淹れろよ」
「客に対してなんだその態度は」
「だってあんたが淹れたほうが美味いだろ」
 ング、と変な音を立てた親父さんが固まる。なんだよ、事実を言ったまでだ。結局親父さんはいそいそと紅茶を淹れ始める。何故か俺の分まで。
 ……、……。
 無言。
「あー、」
「なんだね」
 言わなきゃいけねえことがある。
 謝らなきゃ、いけねえことが。
「……あの、さあ。怒らねえで聞いてほしいんだけど」
「だからなんだと言っている」
 透明なポットのなかで、ふわふわ茶葉が踊っていた。
 それをすこしだけ眺めて、覚悟を決める。
「ドラ公、……ドラルク、と、その。……いや、あんたが反対するなら、すぐ解消するんだが、」
「??? はっきり言いたまえ、らしくないぞ」
 こぽ、と紅茶が注がれ始める。逡巡している間に蒸らしが終わってしまったらしい。ティーカップを受け取り、素直に礼を告げて。
「……ドラルクと。パートナーシップ……ようは、同性婚、しました」
「ブボアッベパラポアパーッ!!!???」
「だーっうるせえぞバカ野郎!!」
 親父さんの手からティーカップが吹っ飛ばなくてよかった、とか妙なとこに安心した。まあ、この反応は予想内だ。次に続けられる言葉は、「ふざけるな、今すぐ破棄しろ」だろうか?
「ふざけるな、そういう大事な話はドラルクが来てからにしなさい!! それは君だけの話じゃないんだぞ。だいたいなんだ、もっとこう……前もって言ってくれたらお土産もっと豪華にしたのにーっ!!」
 ……え?
「え?」
「え? じゃないわアホポール! まるで私が反対しないことが不思議みたいな顔をするんじゃない!」
「え、いやだって、そうだろ」
 あんたの溺愛する一人息子だろ。
 理解できない俺が理解できない、という顔をした親父さんが、紅茶を含んでクールダウンを図っている。俺も倣おうとしたが、熱くて無理だった。やや火傷。
「……ドラルクが君を大事にしていることなんて、わかりきっていたさ。いずれは、そういう人間の枠組みを利用することだってあるだろうと思っていたからな」
「……大事、に」
「そこで意外みたいな顔をするな、ドラルクが許せばぶっ飛ばすところだぞ。そんなこと許すどころか口にしただけで絶交されそうだからしないがな」
 かちゃり、と珍しく音を立てて、カップがソーサーに置かれる。親父さんは居住まいを正して俺に向き合うから、俺も慌てて同じようにした。
「え、と」
「ポール……いや、ロナルド君。息子をよろしくお願いします」
「ん、あ、はい。えっと、こちらこそ……」
 深々と頭を下げられちまって、とりあえず俺もそうする。え、これいつまで下見てりゃいいの? え? どうしたらいい? 助けてジョン!
 助け船はジョンじゃなくて、ドラ公だった。
「あ〜ただいま! ドラちゃんのお帰りだぞ、感謝しろ若造……うわお父様」
「うわって言われたー!!」
「泣くなよおっさん」
 一気に事務所が騒がしくなって、ほっとする。さっきの雰囲気は苦手だ。
「お父様、私ダッシュで食品仕舞って来ますから。お待ちください」
「うん、うん!」
 会えた喜びでぽわぽわ花を飛ばすおっさん(イメージ)。ジョンにあやされる親父さんは幸せそうだ。とりあえずはこれで、親子水入らずにしてやるべきだろう。紅茶に必死で息を吹きかけ、なんとか飲める温度になったところで一気に飲み干す。
「む。なんだね、もっと味わえ。この私の茶だぞ」
「ん、でもドラ公帰って来たろ」
「でもと一気飲みが繋がっとらん」
 繋がってるよ。
「俺これからパトロール出るから」
「は?」
「は?」
 立ち上がると、無駄にいい声のは? で前後からサンドされた。
「ん、だって、俺の用は済んだし。親父さんはドラ公に用があんだろ? なら、俺は居ないほうがいいだろ」
「は、ハァ〰︎〰︎〰︎ッッッ⁉︎」
「君、君ねえ! さっきまで自分がなんの話してたかわかってる⁉︎」
「なんの話って……お前聞いてたのかよ! なんで入ってこねえんだ!」
「入れるかこのバカ造‼︎」
 いいから座れ、とドラ公が肩を押してくるけど全然押された感がねえ。面白いのでしばらくそのままにしていると、押し疲れたドラ公が砂になった。おもろ。
「んっふ、なんだよそれ何死? ふっふふ」
「疲労死に決まっとるだろ! いいから座れ」
 仕方がねえので座ってやる。隣にドラ公が当然のように座って、親父さんは三人分の茶を淹れた。ドラ公がいるのに客が茶を淹れている……。
「さて、ポール」
「んん?」
「君は言ったな、怒らないで聞いてほしい、私が反対するならすぐ解消すると。どういう意図でそういうことを言ったんだ」
「え、どういうって。そのまんまだけど」
「君は、お父様が私たちのことを反対するって思ってたの?」
「親父さんが、っていうか……」
 カップの中身が揺れた。なんかよくわかんねえ、カタカナの茶葉から煮出されたもの。砂糖を入れていないから、さっぱりとしているはずのそれ。
「……男同士とか、吸血鬼と人間とか、そんなんもう古いし」
「うん」
「でもそれはそれとして、お前と、俺じゃん」
「うん?」
「俺はお前をすぐ殺すし」
「それは改めてもらいたいんだけど」
「城ぶっ壊したし」
「とっくに許してもらってるじゃない」
「吸血鬼と、退治人だし」
「それこそ、今更だよ」
「……だから、あんまり良くは、思われないだろ。普通」
 あんだけ溺愛する息子のことなのだから、尚更そうだろう――と、思ったんだが。
 親父さんは紅茶を傾けてから、そりゃあな、と言った。
「君のことをなにも知らず、突然結婚しますと言われたら。そりゃあ反対するだろうが……君とはもう何年の付き合いになると思っているんだ」
「ええと、」
「律儀に指折り数えるところじゃないんだよアホルド君」
「殺すわ」
「改めろって言ってるやろがい!」
「ドラルクーッッッ」
「ヌー!」
 肘鉄で殺す。親父さんとジョンが泣く。
 復活するドラ公を待ってから、親父さんは続けた。
「言っただろう。ドラルクは、君を。ロナルド君を、大事にしている。私はそれを何年も見ていたのだ。君たちを祝福こそすれ、怒るわけがないだろう」
 まあ今別のことで怒ってるけれどもね! と胸を張られる。ムカつくが怒られているのはこちらっぽいので殴らないでおいてやろう。
 ……怒られている、なら、謝らないといけない、よな。
「……、あの。悪」
 い、と続けようとした唇に、冷たい指が当てられる。
「謝ったらいけないよ」
「な、んで」
「謝るよりも。君はね、思い知るべきだ」
 思い知る、とは。
 首をかしげた俺に、吸血鬼たちは笑う。
「私たちの愛を、ね!」
 

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