プレゼントフォーミー

「ただいま、メビ」
 にこ、と一つ目が微笑む。俺も笑いかけて、ほっぺたっぽいとこを撫でてやった。そんな俺たちを、腕を組みながら眺めている吸血鬼。
「ほら、若造早く」
「……なんだよ、お前。なにそんな怒ってんの」
「いいから、早くって言ってるでしょ」
 ガチギレじゃん。
 俺なんかしたかな。ポケットになんか入れっぱなしだったとか? それとも、靴下がひっくりかえってたとかかなあ。
 首を傾げて考えても、特に答えは見当たらない。
「ほら、そこ座れ」
「わかったってば」
 急かされるままにソファへ座れば、すげえ近くにドラ公も座る。え、近いだろそれ。さっきだって。さっきだって、キスできそうな距離、だったのに。
「……っ、」
 白目のなかにある、ぽつんと小さい、しかしたしかに赤いひとみ。それが、俺を睨んでいた。じい、と見つめて、絶対に逸らさない、という意思を感じる。
 なんでだ。
 俺なんか、お前にとってはどうでもいいだろう。
 いままでだって、俺はいろんな吸血鬼に噛まれたりしてて。そのなかのひとつに、お前の親父が加わったところで――なんにも、お前には関係ないのに。
「ドラ公?」
「君はさあ、考えたことがあるかい」
 俺の問いかけは無視された。ドラ公は俺を見つめたまま、するりと俺に手を伸ばす。頬を触るそれは、あの白い手袋のそれではなく、ドラ公自身のつめたいゆびで。
「大事に大事に、種から育てた果実がさ。ようやく実ろうかってときに、他人に奪われる感覚。わかる?」
「果実……?」
 俺はすっかりゆびさきに気を取られていたから、唐突な質問にうまく答えられなくて。そんな俺に、ドラ公は苛立ちを強くした。
「そうとも。親とはいえ、他人だろう。というか、親だからこそみたいな苛立ちもあるんだよね」
「……、ええと。俺は、親がいねえからわかんねえ。兄貴とかヒマが欲しがるなら、やりてえな、って思うし」
「………………、君はそう﹅﹅だったか」
 顔を背けて、ふう、とため息をつく。どうしようもない子供に、呆れてものも言えなくなって、見棄てるときの大人のしぐさ、だ。
 見棄てるとき、の。
「――ッ、あ」
 みすてられる。
 いやだ。
 だって、それがいやだから。
 だからおれは、なにかしてやらなきゃって、おもって。
「ロナルドくん?」
「あ、――……あ」
 ひゅうと体温が下がって、俺に触ってたから、たぶんそれがドラ公にもわかったんだろ。きつい印象がふわりと霧散して、いつものドラ公に戻ってくれた、気がした。
「いや、だ……いやだ、どらこ」
「待って、落ち着いて。ごめんね、君を責めようってつもりはなくて……」
 どうしたらよかったんだろう。
 離れないでほしいと願えば願うほど、近付きたいと願えば願うほど、いつも俺はなくしてしまうんだ。兄貴の時だって、勘違いするような状況にした俺が悪いんだし。
 ――俺が、悪い、のに。
 なんで、ドラ公があやまるんだ?
「ドラ公。ごめん。俺が、わるかった」
「え」
「おれ、の血なんか、飲まそうとして、ごめん……親父さん、にも、謝らないと」
「え、え?」
「おまえが……おまえに、俺の血、飲ませてさ、死なれたらいやだから。だから……味見、してもらおうとしたんだ。でもさ、そもそもドラ公は俺の血なんか」
「ロナルドくん」
 く、と顎に力がかかる。
 片手だったはずのドラ公の手は、いつのまにか俺の顔を包み込んでいた。
 引き寄せるような力。抗ったらドラ公は反作用で死んじまう。いくら普段ならバカスカ殺しているとはいえ、大事な話のときくらいは俺だって弁えられるんだ。つまり、その力に抗わないってことは、ドラ公に顔を寄せる、ってことで。
 ドラ公が、とても近いところで、すうと顔を傾けた。
 え?
「……ん、む!?」
 あれ。
 むに、とあたっている、やわらかさ。
 どこにって、俺のくちびるに、で。
 なにがって、ドラ公……の、くちびる?
 これって、キス、なのでは?
「――は、あ?」
「ん、ふふ。鳩が豆鉄砲喰らったような顔をするんじゃないよ」
 いやゴリラだったか、と笑われている。
 だから俺は、ゴリラじゃねえとか叫んで、殴り殺すのが正しい、はずなんだが。
 本当に、そうなのか、と。
「……、ドラ、こう?」
 こと、と首を傾げようとして、ドラ公の手に力がかかっちまうことに気がついて。でも、俺のかすかなみじろぎは、その細いゆびさきに伝わっているだろう。
 なんで、どうして、こんなこと。
 まったく意味がわからない。混乱する頭に、信じられない言葉が入り込む。
「なんだね。好きな子がかわいいことを言っていたら、キスしたくなっちゃうだろ」
「へ、は?」
 すきな子。
 すきな、子?
 …………………………、これは。
 いつものからかい、か。
「……お、まえ。おまえさあ、」
「なんだね」
「い、くらなんでも。その冗談は、」
「ハァ?」
 ぐ、ってまたドラ公の顔が寄ってきて。なくなったはずの、きつい雰囲気が戻る。
 なんだよ、怒っていいのは俺だろ。
「私がこんなこと、冗談で言うとでも?」
「思ってなかったけど、でも、言っただろ」
「ファー! バカ造ここに極まれりだな」
「殺っ、ン!?」
 ラの音でファーって言ったドラ公に煽られて、いつもみたいに殺すぞ、って殴ろうとした。したけど、それより先にくちびるを塞がれている。
 いや。
 いや、お前、そんなひどいやつだったか?
「――っ、ゲホッ」
「ふ、なあに息止めてるの。鼻で息するんだよ」
「か、は。……お、まえ」
「ロナルドくん」
 ロナルドくん、ともう一度俺の名を呼んでから、吸血鬼は笑う。
「君が信じてくれないのは、まあ、私の日頃の行いだし。だから、信じてくれるまで何度でも言おう。君が好きだよ、愛していて、執着している」
「は、?」
「だからね、君がお父様に血を与えようとしていて、ブチ切れるのも当然ということだ。大好きな子が自分から血を与えるのは、私じゃなきゃいやだもん」
「だ、……だもん、って、お前」
「んー?」
 なんでお前、そんな楽しそうなんだよ。
 いっそウキウキとさえしている。さっきは怒ってたのに? ころころ変わるおじさんの機嫌。俺にはわけがわからねえ。
「ねえ、ロナルドくん。私は君が好きだよ」
「う……?」
「好き。だあい好き! まあでもね、有無を言わせずって時なら仕方ないとは私も思う。それくらいの理性はありつつ、でも毎回、そういう時にはドラちゃんが内心いやだなあ、すっごいムカつくなーって思っている、って覚えておいてくれよ。それくらいなら五歳児の君にもできるだろう?」
「どらこ、」
「だからね、ロナルド君。……そういう状況以外で、君が自分から血を与えるのは、私だけにしろよ﹅﹅﹅
「ッ、」
 ぞわ、と。
 吸血鬼が求める、畏怖とかいうやつを、強制的に理解させられた。
 私だけにしろ、って、ドラ公が言ったときの。口調もそうだけど――視線、とか、なに、オーラってやつ?
 でも。
 それは﹅﹅﹅いやだ﹅﹅﹅
「いやだ」
「え」
 驚くのはあいつの番。
「いやだ。なんでお前みてえなクソザコに、俺が縛られなきゃなんねえんだ」
「え、え? だから、私は」
「俺がお前のものみてえな口効きやがって。まあ、それはどうでもいい」
「よくはないだろ」
「いや、いいんだ。でもよ、それじゃ対等じゃねえだろ﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅
 だから、いやなんだ。
「俺がお前のものだって言うなら、お前も俺のものじゃなきゃおかしいだろうが」
「……、……!」
 あんぐりとドラ公が口を開ける。
 間抜けな顔を鼻で笑うと、ドラ公もじわじわ俺の言葉を理解しはじめたらしい。
「ねえ、……ねえ、それは」
 らしくもなく、砂おじさんは緊張してるっぽくて。視線を泳がせて、ぱくぱくキンデメみたいに口を開けたり閉めたり忙しない動きをする。おノーブルはどこへやらだ。
「……私が君のものになったら、君も私のものになってくれる、ってこと?」
「……、ん。まあ……」
「まあじゃなくて。言い切ってよ、おねがいだから」
「必死かよ」
「当たり前だろ!」
 そうなんか。
 思わず真っ直ぐに感想が出て、ドラ公が大きく嘆息する。
「……、じゃあさ。どうなったら、私は君のものになったってことになるの」
「へ?」
 んんん。
 勢いで言ったものの、べつに俺はコイツを自分のものにしてえというわけではないんだよなあ。
 俺のもの。
 ドラ公が、俺のもの、だとして。
「……、?」
 べつに、ないが?
「……ロナルドくん?」
「え、んん……」
「ねえ、ちょっと」
「待てって、今考えてるから……」
「考えても出てきそうにないんだけどォ!?」
 そんなこと、急に言われたって出てくるわけないだろ。
 だって。
 だって、俺は。
「俺は……お前が、このまま。飽きるまで、うちにいてくれたらそれでいい」
「――は」
「だから……俺の血が、飲めたら、お前が飽きないかもとか、飽きても、血を飲むためにいてくれるかも、とか、思って。そう、だから、親父さんに試してもらおうと」
「……、それのどこが、『私が君のもの』なんだい」
「だって……ゲームは飽きたらやめるだろ? 俺だって、飽きたらいらなく」
「ならないよ」
「?」
 がば、と抱きついてくる骨と皮の身体。節々が刺さって痛い、痛いのに、なんでだろうな。防虫剤みたいな、俺の好きなにおいのせいだろうか。
 やけに安心するな、とか思う。
「……どらこ?」
「好きだよ」
「へ」
「へ、じゃないわ。さっきから言っとろうが! ねえ、わかる? 好きなんだよ、君のことが。吸血鬼は執着する生き物だって、君の職業で理解していないのか?」
「ん、ん。でも、」
 でも、でもさ。
 ぽつぽつあふれる疑問に、すべてドラ公は応えてくれた。俺の抱えている不安を、全部飲み込むみたいに。
「私は吸血鬼なんだぞ。好きな子の、愛するひとの血が飲みたいなんて当然だろ」
「……俺の血はまずそうなんじゃなかったのかよ」
「君ねえ……、もしあのタイミングで私が『もったいないから舐めていい?』とかそんなこと言ったら、全力でブッ殺して二度と再生できなくしてくれただろ」
「ん……、あー、そう、かも」
「ゴリラの信頼度ゲージなんてお見通しだわ。それに」
「っ、ん?」
 つつ、とドラ公の指が這う。
 あ。
 そう、だ。俺、吸血のために、襟ぐりの広い服、着てる、から。
 じ、とドラ公の視線が注がれる。
 俺の、首筋に。
「あ……、」
「は〰︎〰︎〰︎……、ああ、クソ。クソとか言っちゃったよ、も〜……やだやだ。ねえロナルド君、私すごくない? この至近距離でずう〰︎〰︎〰︎……っと吸血欲抑えてるの偉くない? 偉いよねえ、よしよしされる権利があるよねえ?」
「はあ? よ、よしよしって」
「君の好きなやつだよ、ほら、おっぱいの大きいお姉さんによしよしってされたいんだろう? ねえ〜私にもそれやってよ〜ねえ〜」
「は、はあ!? なに言ってんだ、気でも狂ったのか!」
「もうずっと狂っているとも。君にね」
「は……」
 ふざけたことを、と怒鳴りつけるには。
 目の前にいる吸血鬼は、ひどく、――そう、ひどく、真剣で、辛そうな顔、で。
 だから。
「……ん、えっと、ドラ公」
「はぁい」
「……俺の、血、飲む?」
「………………、」
 ふぅ〰︎〰︎〰︎……。って、ドラ公は長いため息を吐く。貧弱ではあるんだが、肺活量だけは地味にありそうだよなあ、こいつ。
「ロナルドくん」
「おう?」
「飲む。飲ませて。ちょうだい」
「あ、え、おう……」
 ドラ公のゆびに、明確な意図が宿る。
 慎重に、丁重に――じっくりと。おそらくは、目的の血管を探されてるんだろう。
 が。
「ド、ドラ公、ちょっと」
「なによ。君が飲むかって聞いたんでしょ」
「あ、や。飲むのがダメとかじゃねえ、けど、あのさ」
「だから、なによ?」
 会話してくれるつもりはあるらしいけど、全然止まってはくれねえ。なによ、って言葉も、すげえ不機嫌な感じだし。
「俺、その。風呂とか、入らなくていい?」
「……、は?」
「え、だってお前、俺のこと汗臭いとか、いろいろ言うだろ」
 ドラ公が死ぬリスクは極力減らしたい。俺だって、自分の血とか、においのせいで死なれちまうのはそれなりにショックを喰らうんだぞ。
 ドラ公は、ぎし、と揺れたあとに固まって、動かなくなった。
「………………、」
「ドラ公? ほら、腕外せって」
「やだ」
 は?
 ゆびの動きが再開される。おい、とかドラ公、とか、俺の呼びかけは悉く無視。
「今もらう。絶対もらう」
「でも、お前死ぬだろ」
「死なないよ」
「無理だ」
「無理じゃない。君だって、外で飲ませようとしたじゃないか」
「……あれは。お前がなんか、必死だったから」
「今だって必死だよ」
 そんなわけ。
 ないだろ、って言いたくて。でも、言えなかった。
「どらこう、」
「なに」
「死んだら殺す」
 いつもみたいに、言えただろうか。
 ふ、と笑って、ドラルクは言う。それはそう、いつもみたいに。
「リスキルはマナー違反だぞ」

コメント

  1. 匿名 より:

    話し合えー!!!とギリギリしながらもスレ違い美味なり!!!と情緒を乱高下させながら読ませていただきました。ご馳走様でした。
    ロナルド君とウスパパのからみ大好きです。

    • 柗村 より:

      お粗末様でしたぁ~!!
      ドロのロくんとウスパパからしか得られない栄養素がある……!!
      コメントありがとうございました!

  2. 匿名 より:

    死ぬほど大好きなドロ+ウスでしたありがとうございます。
    ロナ君がウスパパと仲良くてなんだかんだ大事にされてるの見るとニコニコしちゃいます。
    自己肯定感底辺ルド君、ドちゃんと出会えて、愛に気づけて本当に良かった…幸せになってください……。

    • 柗村 より:

      ありがとうございます!
      ロくんとウスパパ、地味に書くの好きなのでもっと色々書きたいですね……!

  3. 匿名 より:

    ロくんが心から幸せを感じられるまでドちゃんには押せ押せで頑張ってほしいです。ドロ末長く幸せになれ〜!

    • 柗村 より:

      コメントありがとうございます!!
      じわじわっとしあわせで埋まっていくロくんが見たいですね……。