なにかひとつ、してやれることがほしかった。
「つーわけで、ドラ公に俺の血を飲ませたいんだけど、どうしたらいい?」
「ハ」
スナァバックスのすみっこの席。俺は期間限定のバナナのやつで、親父さん――ドラウスはでかいやつの甘くないやつを頼んだ。今日は親父さんが押しかけてきたワケじゃねえ。俺が電話して、わざわざ日程をあけてもらった。時間を無駄にさせるのは本意ではねえから、挨拶もそこそこ、お互いひとくち飲んだところで切り出す。
カップに口をつけたまま、びしりと固まった親父さん。
あ、動いた。なんだったかなあ、どっかの博物館とかで見た、ブリキのからくり人形みてえな動き。
「ドラルクに、……なんて?」
「ん、だから。俺の血を飲んでほしいんだけど」
「ええ……」
「……親父さん的にも、やっぱなし?」
ちょっと声にしょげたのが出ちまった。そのせいか親父さんは慌てたようにカップを机に叩きつける。カン、という音ともに吸い口からちょっとだけ中身が漏れて、ついでに周りの人達がちょっとこっちを見た。
「すみません。……なし、とか、ありとかではなくでだな」
「ん、おう」
「ええと、整理させてくれ。なぜ、ドラルクに血を飲ませたいんだ」
「あー、えっと。俺がドラ公に出来ることって、それくらいしかないだろ?」
「……、というと?」
「というと、って。そのまんまだけど」
ドラ公にとって、俺は必要なものではない。
住居も金も、なにもかも。あいつは、親に頼めばすべてもらえるはずなのだ。俺のところにいるのはいっときの享楽で、なんならいやがらせの一環でもある。
でも俺は、そのいやがらせで、しあわせを感じてしまう。
気付いたときには愕然としたが、でもまあ、仕方がないとすぐに諦めた。次に考えたのは、どうやって恩返しをしよう、ということだ。どんな思惑のうえであろうと、俺が感謝の念を抱えているのはたしかなことで、しかしドラ公に俺は必要がない。なにをしても、もう持ってるとか、要らないとか。あるいは、五歳児のセンスだなんだとバカにされて終わる。まあバカにするぶんにはあいつも楽しんでいるかもしれないが、それだけだ。目的の達成とは言えない。
「……だから、血を?」
「そう。血を。最近結構、採血とか褒められるんだよな」
だから、まずいことはないと思うのだ。
親父さんは、ふらふらといろんなところを見て、頭を抱え、それからゆっくりとかぶりを振り、カップに口をつけた。味わうように数口。所作は優雅で、ドラ公によく似ている。
好ましいなあ、と思う。
「……いや、まあ。俺は若い、うなじのきれいな女の子じゃなくて、こんなゴリラの男だからさ。あいつも飲みたくないんだろうし、だから吸血がどうとか言ってこないのはわかってるんだ。でも俺、なんか……なんかしてやりたい、」
「待て、待てポール! いや、ロナルド」
「なんだよ」
「なんだよではない! ほかにも、……ほかにもあるだろう。たとえば、毎日生きて帰るとか、それだけでも」
「はあ」
なに言ってんだ。
そんなの、あいつが一番喜ばないのに。
「親父さんって意外とドラ公のこと知らない?」
「ハァ!?」
「まあ、いいや。とりあえずさ、味見してくんね?」
「ハァ!!!???」
椅子に座ったまま、上半身をねじる。
うなじを隠す髪をかきあげてみせれば、すぐに吸血できるはずだ。そのために、襟ぐりが広い服を選んで来たんだから。
「さすがに俺の血を飲んで、アイツが死んだら困るだろ? 味見して、たしかめてほしいんだ。今日はそれと、飲ませかた教えてもらう、ふたつ頼みたくて」
「おま――、おま、貴様、貴様なあ!」
「なんだよ。血吸わねーの」
お前、と貴様、しか言わなくなった親父さんを見るために、顔を向けると。
親父さん、の、うしろに――なぜか、ドラ公が、いた。
「なにしてるの」
「オギャアパラッパパパァ!?」
「ど、ラ公こそ、なにしてんだよ」
「私のことなんかどうでもいいよ」
カツ、カツ、革靴を鳴らし、ドラ公が近付いてくる。背中を向けるのは気が引けて、きちんと身体をドラ公に向けたのに、なぜかアイツはさらに不機嫌そうだ。
あれ、今日はジョンいないのか。
「なんだ。私にはうなじ見せてくれないんだ」
「は? なに怒ってんの、お前」
「怒るでしょそりゃあ。ねえ、お父様?」
俺からぐりんと顔を背けて、ドラ公が親父さんを睨む。
やめろよ、親父さんはなにも悪くないんだから。
「ヘァ!? アッ、あっ、うん……」
「うんじゃないんですよ。なに若造なんかに流されそうになってんですか!」
「ヒィーッごめんなさいーッ!」
あーあー、もう。かわいそうだ。
「おい! 親父さんはなんも悪くないって。俺が頼んでんだから」
「バ、」
「は?」
吸血鬼の親子が、同時にこっちを向いた。
片方は、ぽかんとして。
もう片方は、ぐちゃぐちゃに皺を寄せた、よくわかんない顔だ。
「どうしたドラ公。すげーブスだぞ」
「やかましいわ誰のせいだと思っとんじゃあ!!」
ぐちゃぐちゃの顔のまま、ドラ公がこっちに向かってきた。ぐ、と首元を掴まれるけど、今日の服は襟ぐりが広い。首が締まらなくて助かるぜ。
「なんだよ?」
「ねえ、いいでしょ。お父様がいいなら、私もいいでしょ?」
「はあ? なにが」
「血」
なんだか。
まるでキスでも出来そうな距離だな、とか、ぼんやりと思う。
「血。飲ませて。お父様に飲ませていいなら、私だって飲む権利あるでしょ」
「え、おう。いいぜ」
それが最初から目的だったんだから。
うなじを見せるために後ろを向こうとすると、ドラ公になぜか止められた。
「待って。私こんなところじゃいやなんだよね。一回帰ろっか」
「そうか? わかった。んじゃあ、親父さんも来る?」
「いやいや、お父様は忙しい身だから帰るよ。そうですよね?」
「ハイソウデス!! カエリマス!!」
「そうなの? 呼びつけてごめんな、ほんと。今度なんかお礼」
「いやいやいやいい、いらないから、気にするな! わかったか!」
そういうわけにはいかねえよなあ。でも、親父さんの喜ぶものってなんだろ。ドラ公の喜ぶものが、これだけ一緒に暮らしてわからないんだ。そんな俺に、その親父の喜ぶものなんかわかるわけもなくて。
そんなことを考えながら、頑張って手を引こうとするドラ公についていく。
なんか怒ってんなあ、というのはわかるんだが。
ドラ公がなにに、どうして怒っているんだか、さっぱりわからなかった。
コメント
話し合えー!!!とギリギリしながらもスレ違い美味なり!!!と情緒を乱高下させながら読ませていただきました。ご馳走様でした。
ロナルド君とウスパパのからみ大好きです。
お粗末様でしたぁ~!!
ドロのロくんとウスパパからしか得られない栄養素がある……!!
コメントありがとうございました!
死ぬほど大好きなドロ+ウスでしたありがとうございます。
ロナ君がウスパパと仲良くてなんだかんだ大事にされてるの見るとニコニコしちゃいます。
自己肯定感底辺ルド君、ドちゃんと出会えて、愛に気づけて本当に良かった…幸せになってください……。
ありがとうございます!
ロくんとウスパパ、地味に書くの好きなのでもっと色々書きたいですね……!
ロくんが心から幸せを感じられるまでドちゃんには押せ押せで頑張ってほしいです。ドロ末長く幸せになれ〜!
コメントありがとうございます!!
じわじわっとしあわせで埋まっていくロくんが見たいですね……。