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飽きてきた。
などと思ったのが、顔に出たらしい。
「不服かね」
「んあ? や、いや」
かろり、と音を立てさせながら答えたそれに、しかしドラルクは誤魔化されねえ。咥えたままの飴は、ドラルクのお手製だ。作ってもらっている側でありがなら、飽きてきた、とかさ。そんな偉そうなことを言うつもりはねえのに。
そもそもいま俺が腰掛けているのだって、わざわざ俺のために買われたソファだ。断っておくが、俺が買えよと迫った訳じゃねえ。勝手にドラルクが購入していて、それを知ったのはすっかり配置された後な訳だ。俺に介入の余地はなかった。
瓶じゃ割れかねねえし、破片が危ないから……、ということで、袋に詰められた飴。煙草のかわりらしく、とひとつひとつ棒を刺したそれらは、これで最後のひとつになった。
砂糖を煮詰めたシンプルなものだが、まったく悪くはない。そもそもからしてせいぜいが煙草のかわりで、くちさみしさの穴埋めであるから、味なんてものを求めちゃあいなかった。
そのはずだ。
だから、飽きてきた、などと思う訳がない。
ない、はず、なんだけどなァ……。
あかいひとみが見つめてくる。それに居心地が悪くなるのなんか当たり前だ。
「ああ、違う、違うんだ。大丈夫、君を責めたい訳じゃなくて」
ドラルクは何故か焦って、わたわたと首を振る。ゲームの手を止めてまで拘泥するような話題ではない、はずなんだがなあ。
「それさ、ずっと同じ味だろ。私もいろんな味を作ろうとはしていたんだ。でも、君に渡すのなら最高の味を目指したくなっちゃって」
「はあ?」
いまでもふつうにうまい飴なんだが。
首を傾げる俺をよそにほっぽって、ドラルクはなんだか知らんがテンションを上げていく。
なに?
「最初は市販の香料とか、エッセンスを使おうと思っていたんだよ。でもやっぱり、納得できないよなあっていうか……。ジョンにはじゅうぶんにおいしいって言ってもらえたんだけど、」
「はあ」
「でもさ、私だよ? 私がほかでもないロナルド君に渡すんだよ!?」
「はあ……」
「そうなったらこれはね、ベストを尽くさないとならないじゃないか。という訳でね、エッセンスから自作してみました!」
「……、」
なんだか予想外の方面にヒートアップしている、ということだけがわかる。
「それを専門に作っているヤツのほうが、付け焼き刃のお前よりいろいろ考えていると思うぞ」
「そういうマジレスやめてください!」
ぐわ、と眼前に迫るおっさんの顔。シンプルにうぜえ。俺が引くと、ドラルクは追うように顔を寄せてくる。寄るな寄るな。
「いろいろ試したよ。さくらんぼ、苺、ブドウ。デコポンとか、あとは変わり種で柿も試した! リンゴに和梨や桃もあるし、あとはパイナップルにメロン、スイカもある!」
「なんだそれ……」
よくわからねえラインナップだ。
がさがさと取り出された袋には、カラフルな棒付き飴が詰め込まれている。ドラルクが言っていたとおりの味なんだろうか?
手を伸ばす。飴の袋が引っ込められる。
「あ?」
「待って。これはまだ試作品だから」
「……、」
「いまはまだ、それぞれのフルーツの型を探している最中なんだ。このままだと、色でしか味の判別ができないじゃないか。それじゃあ不便だろ」
「……はあ……」
味にこだわっているのはおまえで、俺はべつに気にしちゃあいねえんだけどなあ……。
まあ、口の中には最後の飴が入ったままだ。
なんだか嬉々として語られれば、あたらしい飴へ興味が湧くのは当然のことだろう?
がり、と飴を噛み砕き、棒を捨てる。ポイ捨てではなく、棒を捨てるための小袋だってドラルクに持たされているのだ。お前は俺の母親か。
「ロナルド君?」
「よこせよ、それ。それが試作だって言うんなら、俺も試作に参加したっていいだろう」
そもそも、それを喰うのは俺なのだ。
ン、と手を差し出してみた。べつに奪いやしねえよ、作り手がどうしても渡したくないと言うのなら、それはそれで意を汲もうという考えぐらいはある。
「いやか」
「い、いやって訳じゃあないが……、」
……、なんだよ。
さっきまではあれだけノリノリで語っていたくせに、俺が喰おうとすると渋るのかよ。ゆくゆくは俺のくちに入るなら、いま喰ったっておんなじことなんじゃねえの。
「違うんだ!」
「なにの、どこが?」
「私の満足感!!」
「ああ、そう……」
今日はなんだか、気の抜けた返事しかしてねえ気がする。
だけどよ、ああそう、以外になんて返せばいいんだ、これ?
「……ドラルク」
「はい……」
「べつに、お前の作るものだ。お前の好きにしたらいいし、俺はそれを止めないよ」
だが、それはそれとして、だ。
「フルーツのカタチのキャンディ。そりゃあいいな、さぞファンシーなかわいい見た目になるんだろう。……そんな飴を、『ロナルド様』が、外で舐められるモンかね」
「うッ」
まあ、外用はいままでどおりの飴にすりゃいいだけなんだが、それはそれとしてドラルクの暴走は止めたほうがよさそうである。
「べつに、俺は気にしないさ。ここでならな」
無駄に高いドラルクの鼻先に、すいと人差し指をつきつけた。あかいひとみがきょろりと寄る。
「だが、外じゃあダメだ。『退治人ロナルド』のブランドをどれだけ俺が大事にしているか、お前が知らねえってはずはないだろう」
「……、うん。私としては、君のことだって大事にしてほしいところだが」
「もうしているだろう、じゅうぶんに。……お前が、俺を喜ばせようと思ってさ、いろいろやっているのはわかったよ。俺だって、それを受け取りたいと思うさ」
人差し指を引っ込めて、その代わりてのひらを上にもう一度差し出す。ドラルクはすこし逡巡してから、観念したようなため息を見せた。
「……、味は完璧だから、まあ。きみがこれでもいいって言うなら……」
ゆっくりと、飴の袋が手渡される。いつものやつより包装が雑なことに、ようやく気がついた。これが試作でしかなく、俺に渡すつもりのあるものではないというのなら、そもそも袋に詰めることすら必要ないだろうに。
簡単なシールで留められただけのそれを開封し、手頃な飴を取り出す。赤い。
赤いやつが何個か入っているからわからんな。あれが言うラインナップの通りなら、さくらんぼ、苺、……スイカは赤? 緑か?
まあいいか。
適当に口へ放り込む。あんまり味を想像しすぎると、ハズレたときに脳みそがバグるからな。
甘い。――それは当然として。
すっきりとしている、感じがする。……苺なら甘酸っぱい感じだろうし、さくらんぼというにはしつこくない。
たぶん、スイカだ。ここしばらく、スイカそのものを喰ってねえから確証が持てねえけど。
見分けがつかないのはドラルクもおなじらしい。「何味だった?」
「んん。たぶんスイカ」
「ふふ、そっか。ほら見ろよ、区別がついてないじゃないか」
「うるせえな。いいだろう、べつに。お前が作るモンが不味いこたねえし」
「んグ」
「?」
謎に息を詰めてから、おほん、とドラルクはおっさんくさい咳払いをした。
「なんだよ」
「なんでもないよ。……ええと、おいしい?」
「うん」
死んだ。
はあ?
「……、おい。待てよ、お前今日何回死んだ?」
……などと声をかけたところで、答えがある訳がないんだけどさ。
ドラルクには、死んでいるあいだ意識がない。
死んでいるんだから当たり前だと言われちまえばそれまでだが、それはそれとして、待たされる側の気持ちだって考えてほしいモンだぜ。
はあ、まったく。
ローテーブルと化していた棺桶の上にあるモノを、適当に移動させる。勝手にドラルクの端末を取り出して、蓋のロックを解除――パスワードはあれに直接教えられているものだ、俺が暴いた訳ではない――して、ギリギリまで本体をソファに寄せる。あとはソファの上で山積みになった塵を、ざらざらと棺桶に流し込むだけだ。
「なんでこんな作業に慣れなきゃなんねえんだよ、俺は」
俺の家族を連れて城を探検しにいったジョンは、ドラルクの死に気付いて戻ってくるだろう。ツチノコとかぼちゃもきっと連れられてくる。勝手に帰ってもいいんだが、そうすると『復活したときに俺がいないショックで再度死ぬ』とかいう訳のわからん死因でジョンが取り残される時間が伸びるのだ。お前は俺の幼児かなにかか。
ドラルクはかわいそうでもなんでもないところだが、かわいらしいジョンがひとりで待ちぼうけになるのは避けたいところである。
あきらめてソファに横になると、棺桶に落としそびれた塵で微妙にざらついた。
□■□■□
煙草を飴に切り替えたことは、とくに隠したりなどはしていない情報だ。堂々としているほうが、余計な詮索がされなくていい。
……と、思っていたんだが。
あんまりしつこかったんだ。
だから、こう、だんだんイライラしちまってさ。俺は悪くない。悪いのはウザいパパラッチだ。
つうわけで。
「炎上した」
「なにしてんのなにしてんのなにしてんの!!」
燃えに燃えているくだんの雑誌――週バンではない。あそこの記者はこんなくだらない記事は書かない――くだらない、というのは、ない話を捏造するモノ、という意味で、やらかしたら普通にすっぱ抜かれるが――を手土産に城を訪れれば、無関係とは言えない、というか元凶である吸血鬼が半分くらい砂になった。が、完全な死には耐えたようである。そうじゃねえと話が進まねえんだ、助かるぜ。
「俺はちょっと、『愛情込めて作ってくれるヤツがいるんでな』って言っただけじゃん」
「大問題だよバカ。君は手紙以外のすべてを受け取らないって有名なクセに、そりゃあ『オータム経由以外でいったい誰が!?』って話にもなるじゃないか……」
「おまえだって言うのはポリシーに反するだろ」
「『ロナルド様』ブランド、もうちょっとくらい運営方針を考えたほうがいいと思うんだけど」
うーん。そうかも。こうして実際に燃えちまうとなあ。でもやっぱり、退治のスペシャリストが吸血鬼のメシを喰っている――っつう情報は、外に漏れたら不味い気がするんだが。
「相棒で売って長いんだ、そろそろ食事をとっているくらい公表しても怒られないんじゃない?」
「それで俺が刺されたらおまえのせいにするけど、どうする?」
「いいよ」
予想外の返事だった。
きょとりと目を丸くする俺に、思っていたより真剣な顔でドラルクが言う。
「刺されたらすぐに病院までひとっ飛びしてあげるし、そもそも刺されないようにずっと見張っていてあげようか。もちろん、助からないようなら転化させてあげるから安心して」
「最後のヤツでまったく安心できなくなったな」
過激派のファンに刺された結果、転化する退治のスペシャリスト。ナシにも程がある。
はあ、しかし面倒なことになった。
「飴のひとつでいちいち騒ぐ気が知れねえ。……そもそも、交友関係になんで赤の他人が口を出せると思っていやがるんだ」
「君に交友関係がなさすぎるからでは……」
「あるだろ、ヒナとか」
「仕事仲間を交友に含めちゃいけないよ」
そんなこと言い出したら、よお。
「……おまえも含められなくなるけど」
「あ。それはいやだな」
「くふ。ほらみろ」
どかりとソファに座る。横柄に振る舞いたい訳ではなく、ただ単に疲れたんだわ。
炎上にかこつけて取材を申し入れてくる連中が、まともであるはずがねえので。
だからまあ、もうそんな話はどうでもいいのだ。
「ドラルク。そーいう訳だから、おかわり」
「はあ。まあ、愛情込めて作ってあるけどさ!」
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