ヴァンパイアのおやつ

元ネタ:某アイス屋のハロウィンフレーバー。94的には「バンパイア」か「バンパイヤ」が正しいのですが、元ネタに表記を合わせています。


 足の小指を噛まれた。
「――〰︎〰︎〰︎ッッッ!? ……!! ――ッ!!」
 執筆に没頭していた俺へ大ダメージ。戦犯ことツチノコは、悶える俺をなんのそのとよじ登り、膝の上でノコ、と鳴いた。
 おやつ、だそうである。
 俺の小指をおやつにしようとするな!!
「ぐぅ……わかった、今日はいい。でも次おなじ催促をしたら絶対に食わせないぞ」
 ノコ!? という悲痛な声があがるが、一回目を許すだけでも俺は寛大だと思うぜ。
 ツチノコを抱えて、デスクを離れる。環境さえ整えれば、家だろうが事務所だろうが執筆できるのはいいことだ。クラウドストレージさまさまだよなあ。
 冷蔵庫に、たいしたものは入っていない。
 でもまあ、スカスカのほうが冷却効率はいいらしいしな。たまに来たあれが謎にキレるぐらいで、困っちゃいねえし。
 ノコノコ、とツチノコが揺れる。はやくしろ、とのこと。
「はいはい。ドラルクのおやつな」
 タッパーに入った、ミニサイズのホットケーキ。ツチノコのひとくちサイズ。
 日持ちはそんなにしないけど、ツチノコはこれが一番気に入りなのだ。
 無駄に丁寧なあれが、日ごとの量をタッパーに入れて渡してくれる。俺はそれを冷凍庫にぶちこんで、その日の分だけ冷蔵庫に移動すればいい。本当は温めたほうがいいのだろうが、俺の技術ではなんかうまくいかなかったんだよな。ツチノコの眉間にシワが寄ったのをみて、やめた。
 今度はダイニングテーブルに移動し、ツチノコとタッパーを下ろす。そのまんまにするとタッパーごと食いかねないので、ツチノコが興味を持つ前に蓋を開け、ひとつをつまんで取り出した。
「ほら、あーん」
 ツチノコの口は、ドラルクが思っているよりもけっこうでかいんだよなあ。

   □■□■□

「なくなった」
「はいはい」
 がさりと返却された袋には、空のタッパーが詰まっている。相変わらず、きちんと洗って返してくれるんだよねえ。べつに、招いてくれたら私が洗うのにさ。
 なくなった、つまりは、また作れ、である。
 ロナルド君は基本的に言葉が足りないんだよね。メディアにはなんだかいいように理解されて『ミステリアス』の扱いを受けているし、私もどちらかといえば彼を甘やかすタイプなので、とくに矯正の予定はない。でもさ、お兄さん関連の話は、たぶんそこを直せばうまくいくんだろうなあ、とは思うよ。
 それはともかく。
「プチケーキを焼いている間、どうする? ゲームの用意もあるけど、お風呂の準備もできているよ」
「ン。借りる」
 お! ン、で終わらせなかったぞ、えらいねえ。やや親視点の感想が出た。
 恋人視点で言えば、お風呂あがりホカホカルドくんが見られるというわけだ。
 ツチノコを連れてきていないから、焼きたてのプチケーキを食べるのはロナルド君の特権になる。それを自覚的に求めているのか、無意識なのかはわからないけれど。
「泊まる? それならパジャマを用意するよ」
「いいのか」
「良くなきゃ提案しないでしょ。その反応ってことは、明日はオフ?」
「おう。次の仕事は明後日の夜だ」
「そう。なら、んだよね?」
「……、」
 ほんのすこしだけ、彼の頬に朱が混じる。
 ヒトをつがいに据えた吸血鬼にとって、恋人の血は甘露である。
 とはいえ、吸い尽くしたら彼が死んでしまうからね。主食はブラッドワインだが。
 さしずめ彼は、ヴァンパイアのおやつ、とでも言ったところかな。
 彼はこくりと頷いてから、逃げるみたいに地下へと向かった。

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