おまえの吸いがらになりたい

 バカなやつらだと思っていた。
 吸血鬼の甘言にまどわされて、『吸いがら』になったヒトたち。九九九の塵には、そんなヒトの親族からの依頼も含まれていた。
 からからに乾いたなきがらを見て、俺は絶対にはならないと思っていたのだ。
 かれらだって、騙されていると心のうちではわかっていたに違いない。
 それでも。
「きみが好きなんだ、ロナルドくん」
 いまならわかっちまう。
 それが嘘だと、わかっていても。
「どうか、私とお付き合いをしてください!」
 むしろ、だからこそ、望んでしまうのだ。
 おまえの『吸いがら』になりたい、と。
 
「刺激がねえなあ」
 からり、と棒付き飴が鳴る。舌で転がしたそれは歯と当たりながら、じゅわりと甘みをもたらした。安っぽい、香料とわかりきったいちごの味。無駄にふかふかとしたソファでごろごろだらだら、ゲームを観戦しているだけだ。
「え、このゲームつまらない……?」
 しゅん、と耳を下げて、棺桶に座った吸血鬼――ドラルクがこちらを伺う。勧めたゲームがつまらないと評されたのか、はたまたプレイそのものが評されたのか、どちらだと思っているんだかね。
 どちらかといえば、プレイのほうだが。
「いや、ゲームは良かった。ちと演出がダルいが」
「そ、そう!」
「俺が言いてえのはそっちじゃない。おまえだ」
「え」
 飴を引っ張り出して、わざとらしく舌を這わせてみた。『ロナルド様』だって、こんなわかりやすく下品な真似はしねえ。けどまあ、ドラルクにならサービスのひとつくらいはしてやってもいいだろう。案の定、あれはごくりと喉を鳴らす。
「……ロ、」
「こいびとになりてえ、つったのはお前だろう。キスのひとつもなく、泊まったって寝込みを襲うそぶりすらないっつうのはどォいうことだ?」
「キ、寝込み!?」
 上気してヒトみてえな色になったはずの顔が、ぎっときつくなった。おや、と思っていると、ドラルクがコントローラを棺桶に放っているのが見える。
「あのねえ!! いくら恋人同士だって、寝込みを襲うとか、そういう一方的なのは暴力なんだぞ。そんなことやるワケないでしょう!」
「……だってお前、許可をとろうともしねえじゃん」
 う、と。
 狼狽える姿に、ふん、と鼻を鳴らす。
 キスもなけりゃセックスもない――当然、吸血なんかありえない。
 そんなの、おかしいだろう。
 恋人だなんだとうそぶいて、ヒトとの距離を詰める。
 穴や棒を好きなだけ使って、飽きたら血を飲み干してさようなら。
 それが吸血鬼のやりかただ。
 だというのに――ドラルクはなにもしない。
 それじゃあ、あの告白はなんだったんだよ。
「まさか、人間さまのオツキアイがしてえとでも?」
「待って。ロナルド君のなかではお付き合いがいろんな種類存在する?」
「あ?」
「え!?」
 叫んだ拍子に、ドラルクの顎がさらさらと音を立てて崩れていった。相変わらず、ゲロ吐くみてーに死ぬのをやめろ。
「吸血鬼がヒトと付き合うのなんか、血を吸うためだけだろうが」
「は、――はァああ〰︎〰︎〰︎ッッッ!!!???」
「うるさ」
 どじゃあ、と積もった塵山。あまりにデカい声を出しすぎて死んだのだ。アホか。
 今日何回目の死なんだ、こいつ。うごうご塵がうごめいてるから、わりと早く復活するかもしれねえ。ゲームの続きを勝手にやっておいたら、ショックでまた死んだりするだろうか。
「……ふ、」
 泣きわめく顔が容易に想像できて、つい口角があがる。
 すきなんだよなあ。
 反応がいちいち面白いんだ。だからつい、からかっちまうのは悪いクセだと自覚している。しているからこそ、欲しがってもらえるなら、与えたいと思ったというのに。
 あれは俺のを知っている。
 求められないっつうことは、要らねえってことなんだろう。
「……、」
 今日はもう、帰るのがいいか。起き上がり、飴を噛み砕く。用済みになった棒を、なぜだかすぐに捨てられなかった。
 それをじいと見つめているうちに、ドラルクが再生を果たす。あえて視線を向けずにいれば、ドラルクも黙ったまま俺のとなりに腰を据えた。
「ロナルドくん」
「……ンだよ」
「なんで、そんなこと思っちゃったの。……いや違う、君を糾弾したいんじゃない。そう思うってことはさ、理由があるだろう? それが聞きたくて……」
「……なんでもなにも……、」
 むしろ、それ以外なんか見たことがないんだが?
「お前らがそういう生き物なくらい、お前が一番わかってるだろうが。当事者だし」
「わからないから聞いているんだよ。私は少なくとも、君を吸血対象としか思ってないだなんてありえないんだ!」
「……はあ」
 吸血鬼は執着する生き物だ。ゆえに、飽きたらどんな生物よりも冷酷になる。ぽいと捨てて、おしまい。
 クリアしたゲームの山と同じように、二度と見向きされることはねえ。
「喜べよ。俺を塵芥と同じように扱う権利をやるって言うんだから」
「扱わないが!?」
「今はまだ。だろ」
「この先もずっと、ずっとだ! ……わかったよ、じゃあこうしよう。私は、絶対に、君から吸血はしない!」
「……はあ? お前、それじゃあ」
「意味がない、と言いたいんだろう」
 ずい、とおっさんの顔が近付く。
 まめつぶみてえなひとみが、俺のそれを真っ直ぐに捉えていた。
「君にとっては意味がなくとも、私にはある。私が君を害さない証明になるなら、どんなに牙が疼いたって我慢してやるさ」
「……疼くようなことがあんの?」
「あるとも!」
 ふうん、と――平坦に言ったつもりだったが、口角が上がっちまうのは抑えられなかった。すぐ目の前にある顔が歪む。
「嬉しそうにするんじゃないよ」
「するだろ。だって」
 だって、俺は、ずっと。
「おまえの『吸いがら』になりたいんだ」
「は、――」
「死ぬなよ」
 目の前の顔を鷲掴みにして、くちびるを当ててみた。なまぬるいともつめたいとも言えねえ、微妙な温度。バカみてえにあいたすきまに、舌を忍び込ませて――そっと牙を舐める。なあ、言ってやったことはねえけど、おまえの牙、かっこういいぜ。
「――ロ、ッ!!」
「ん゙……、」
 先端にぐいと舌を押し付ければ、かんたんに穴があいた。にじんできた鉄の味をドラルクの舌になすりつけてみるが、それはびくりと揺れて逃げていく。いくじなしめ。
「ちょ、きみ、むぐ!!」
 痛みで手が緩んでたらしい。クソザコに逃げられるなんて不覚だ。ドラルクに抱きついて、後頭部をやさしく捉えてやる。あくまでも、死なねえように。なんか言いたそうなドラルクを無視して、もう一回くちびるにかみつく。
 血の量が足りねえのかな。もうひとつ舌に穴をあけようとしたところで、ごくり、と喉が動く音がした。
 やった、飲んでくれたみてえ。
「ん……♡」
「――ッ、」
「ぁぇ、!?♡ んむ、ぃ……♡」
 そんで、いくじなしはようやく吸血する気になったようだ。
 舌ごとじゅるじゅる吸われる。痛え、痛えのと一緒に、なんかぞわぞわした。背筋を通っていくそれにあらがわず、口のなかもドラルクの好きにさせてやる。後頭部を押さえつけるのはやめて、その意外と広い背にすがりついて。ザコがザコなりに体重をかけてくるから、されるがままに押し倒されてみた。舌が引っ込んでいって、またごくりと音がする。
「は♡ はぁー……♡ ん、……やくそく、もう破っちまったなァ?」
「……っ、はあ、この、バカ……ッ」
「もっと飲んでも、……ぁは、いーんだぜ……?」
 お前だけの特権だ。
 べえ、と舌を出してみる。『ロナルド様』らしく、愉悦に表情を歪ませてやるようなサービスもつけてやりたかったが……、たぶんできてねえ。
 だけど。
「飲まないよ」
「んぇ」
 ドラルクは俺の口を手でふさいで、しまいなさい、と言った。その手のひらを舐めて誘ってはみたけど、眉を顰められるだけだ。……不愉快そうに。
 言うとおりにして、舌を口のなかへしまう。ドラルクはあからさまにほっとした顔で、手をひっこめた。
 ――そんなにいやだったのか。
「……、」
「これが最後だ。もう君の血は飲まない。……『吸いがら』になんかしてあげない」
「……なんでだよ。そんなに不味かったか」
「不味い美味しいじゃないんだよ。私はずっと君といたい。『吸いがら』になった君なんかじゃいやだね」
 言い切って、ドラルクがまた身を屈めてくる。くちびる以外の顔じゅうに、むにむにとぬるい温度が押し当てられた。なに、なんだ?
「ずっと……?」
「うん。でも私、転化毒はちゃんと作ったことないからなあ……。君の血を飲めないとなると、使い魔にするしかないけど……いいよね?」
「は、……はあ!? なに、」
「冗談なんかじゃないよ」
 俺のくちびるをゆびさきでひと撫でしてから、あれは微笑んで言う。
「舌の傷が治ったら、私たちのファーストキスをやり直そっか。そのままエッチなことだってしよう。『吸いがら』になりたいだなんてバカなこと、二度と考えられないようにしてあげる」
「……はぇ」
「だから君はいい子にして、その傷を治して。ね?」
「…………? ……???」
 ずっと一緒。
 転化。はしない。
 使い魔。
 ……使い魔?
「……や」
「うん?」
「やだ!!!!!!」
「うるさ」
 全力で叫んだら、砂おじさんが砂になった。半分くらい。
 でも!
「な、なんでだよ! 俺なんか使い魔にしてどうするつもりだ!!」
「どうするって……愛でるつもりだが……」
「そんなの俺じゃなくていいだろう。ジョンが泣くぞ!!」
「ジョンと君は違うでしょうよ。ていうか、君に告白することだってジョンにメチャクチャ相談してるし……」
「なんてこと聞かせてるんだあのかわいい丸に」
「彼は君の何倍も生きてるおっさんマジロだぞ。……ああもう、そうじゃなくて」
 ドラルクが、もう一度身を屈める。額にじっくりとくちびるが当てられて、ゆっくり離れていった。
「好きだよ、ロナルドくん。君が好き」
「な、あ、」
「君を愛する権利を頂戴。間違っても、君を血袋にする権利なんかじゃないぞ」

コメント

  1. Seb より:

    可愛い〜