おかえり

「ねえ、ロナルド君」
「おう」
「ねえねえ、ロナルド君ってば」
「おう」
 無視である。
 おう、ってさ、なんかこう、反射的に音が出てるだけなんだよ。これは無視。彼がみつめるテレビの画面はとっくにまっくらなのだ。だって私が消したもの。
 ツチノコも、カボチャくんも、心配そうに彼を見上げているけれど。ただ緩慢なまばたきを繰り返すロナルド君が、呼吸だけはしっかりおこなっていてほっとする。
「ロナルドくん」
「おう……、」
 彼の膝に、こてんと頭を乗せてみる。普段ならそこは彼のかわいいものたちが陣取るところだが、いまはみんな彼を心配して肩まで乗り上がっているからね。たまには私だって、膝に乗ってみたいのだ。
「ロナルドくん?」
「……、」
 ありゃ。
 ついに反応がなくなってしまった。
 疲れているなあ、とは、思ったんだよね。
 服装はまったく、汚れてなんかいなかった。彼のくま﹅﹅がひどいのはもとからだし、髪の毛がボサボサだとか、そういうこともまったくなく。
 だけど、疲れているなあ、と思ったんだ。
 食事もお風呂も、いらないと言われてしまったんだよね。どちらも、生物が気を緩める行為だからだろう。
 私のところで気を抜きたくて。
 それでも、抜ききることができない。
 だからまあ、私にできることは、彼が許してくれる範囲を探るしかないだろ?
 なので、ゲームに誘うのではなく、見ていておくれと言ってみたんだけど。
 見ることに集中することもできずに、こうして意識を飛ばしてしまった。
「……、」
 彼のとなりにある、空白。
 『誰か』が座るための。
 そこに腰掛けて、そのまま彼の膝上に倒れ込んだ。
「ロナルドくん」
 彼は、彼の見目も『商品』として扱っている節がある。だから、こうして疲れ果ててしまってもなお、うつくしい。
 それが。
 それが、いやだなあ、と思う。
「ねえ、ロナルドくん。ベッドに行こうよ」
 ひとこと、口に出して疲れたと言えばいいのだ。
 疲れているから仕方ない、そういうことにすれば、食事だって、入浴だって、なんの問題もなくおこなえるのだろうに。
「ロナルドくん」
 深海のようにどろりとしたひとみは、焦点をぼやけさせている。手袋を外して触れた頬はすべらかで、あたたかくて。私の手じゃ冷たいって、怒ってほしかった。
「ロナルドくん……、」
「……、?」
 ぱち、と。
 ひとつ銀のまつげをはためかせてから、ロナルドくんがゆっくりとこちらを向く。
「……? なにしてんだ、お前」
「え、なにって。……」
 ……、あー。
 なんとなく、衝動的に行動してたけど、これって。
「うん……膝枕?」
「……、硬いだろ」
「へ? ううん、まったく。あれかな、力を抜いた筋肉は柔らかいとかいう」
「ふうん」
 降りろ、って言われないのは、やっぱり疲れてるから、なのかなあ。
「硬くて死にそう、とか言わねえの」
「言わないよ。でも、恋人の膝枕で死ぬのはちょっと興味ある。ヒロインっぽくて」
「ゲーム脳も大概にしろよ」
 言葉とは裏腹に、ふわ、と微笑む彼の頬をもう一度撫でる。先程とは違って、ゆっくりと押しつけられる熱。安堵で死にそうだな、なんて思う。
「おかえり」

コメント

  1. 匿名 より:

    おかえりなさいぃぃぃ〜(号泣)
    入浴もですが、食事と睡眠は生を存続させるための最低限の要素で、それが出来なくなっている状態というのはデッドラインの上に立っていると思うのです。ですので私は冷たい読ドさんの手に”ゆっくりと押しつけられる熱”の一文で冒頭の号泣をしたわけです。この後はツチノコとカボチャヤツにぎゅうぎゅうに挟まれて困惑しながらも笑って欲しと祈ります。
    上手くお伝え出来ずに申し訳ありません…。

    • 柗村 より:

      コメントありがとうございます!
      このあとは全員でめちゃくちゃに甘やかされると思います😉👍

  2. 匿名 より:

    とても良かったです。疲れ切った読切ロナルド様……そんな状態で城に来るなんて、そばにいる事も触れられる事も無意識のうちに読切ドラルクに許しているってことですか。最高です。二人の間に流れている空気感がまたよかったです。なんどでもおかえりって言ってあげて受け入れてあげて欲しいです。