ゆめみるきもち【ワンドロ】

 ふわふわ、ぽわぽわ、ゆらゆら。
「んふふふへへへへ。ジョン〰︎〰︎〰︎丸い〰︎〰︎〰︎地球〰︎〰︎〰︎」
「ヌァーッ」
「ああほら、ロナルド君。ジョンを振り回さないの」
 ひょい、とジョンを取り上げられてしまう。マジロを抱えるほそいゆび。枯れ枝みたいなそれが、やさしくジョンを撫でている。いいなあ、いいなあ。
「いいなあ、」
 口に出して、しまった、と思う程度の理性はまだあった。でも、幸いにというべきなんかな。ドラ公もジョンもそれにツッコミを入れてこなかったので、安心して俺は缶に手を伸ばす。伸ばそうと、した。
「こら」
「あう?」
「あうって……赤ちゃんじゃないんだから」
 きゅ、と。つめたいゆびが、俺の手首を掴んでいる。ジョンをやさしく撫でていたはずの、ドラ公のゆびだ。なんで、どうして? 疑問のまま、首をかしげる。
「どらこ?」
「っ……、君ねえ、呑みすぎだよ。手首もすっごい熱くなってる」
「こんなの、まだまだだろ。俺は酔ってねえ」
「いーや。酔っぱらいの常套句じゃないか」
 ほら、缶片付けちゃうからね。そう言って、ふらりとゆびが離れていく。いかないでほしい、でも、そんなこと言えない、し。
 てきぱきと片付けられていくダイニングテーブル。
 言葉にしてしまえば、俺の気持ちも、こんなふうに片付けてもらえるのかもしれない。すきだって、たった二文字の日本語。口にすれば、すべてが終わるのに。
「ヌェ!? ヌヌヌヌヌンロナルドくんヌヌヌヌヌンロナルドくん
「ん、あ? なあに、ジョン〜」
ヌヌヌイヌなかないでヌヌヌヌヌンロナルドくん
「え?」
「えッロナルド君なにどうしたの!?」
「え、べつに、なにも……?」
 ジョンに言われて、自分の頬を触ってみて。それではじめて、ほんとに自分が泣いてたことに気付いた。なんでだろう。かなしいことなんか、なんにもないのにな。
「らいじょ〜ぶだぞぉ、ありがとなぁ〰︎〰︎〰︎ジョンはやさしいなあ〰︎〰︎〰︎」
「おいコラ私を無視するな。ジョンを振り回すなって言っとるやろがい!」
「ヌェアーッ」
 ぐるぐる、ぐるぐるジョンを掲げてまわっておどる。ジョンはやさしい。丸くてかわいくて、ドラ公のことが好きで。ドラ公も、ジョンが好き。
 いいなあ、いいなあ。
 ぽろぽろ、ぼろぼろ、ぐらぐら。
「あはは、は。ふふ……、」
「ヌェ、ヌァッ、……ヌヌヌヌロナルドヌンくんッ!!」
「んぁ、れ、」
 ぐら、り。
 うしろむきに倒れていく。予想したせなかのいたみはなくて、かわりに、じゃり、とかいう変なかんかく。いや、変、ではあるけど、あるいみ、とてもよくなじんで。
「ぐ……、ちょっと、ロナルド君? 大丈夫? 起き上がれる?」
「……ぇあ?」
「ぇあ? じゃないんだわ。君が乗っかってたら復活できないだろ!」
 のっかってたら。
 じゃり、ってしたのは、どらこうの砂?
 ジョンをつぶさないようにおろしてやってから、ころ、と身体をかいてんさせる。おれが落ちてたところに、たしかにどらこうの砂があった。ナスナスってあつまって、ひとのかたちになって、おれをみつめていて。
 うけとめてくれたのか。
 いや、うけとめられてるとも、いいがたいけれど。
「ちょっと、大丈夫なのかね」
「……、うふ」
「は?」
 うふ、うふふふふ。
「んふ、へ! あはっ、あはははは」
「ワー若造が壊れた!!」
「ヌァー!?」
 えへ、えへへへ。
 どらこう、なんだかんだ、いっつもこうだ。こうやって、たすけてくれる。うれしい、な。うれしい。なんでたすけてくれるのか、全然わかんないけど。
 うれしくって、うれしくって、涙がとまらない。
「あはは、ふ、ふへ。どらこぉー」
「あーもー泣くんだか笑うんだか、どっちかにしなさいよ……」
 すり、ってつめたいゆびさきが、目元をなでた。とっさにそれをつかまえて、両手でだきしめて。にぎりつぶさないように気をつけて、ほほをすりよせる。
「は、え、アッ」
「んふ……、」
「ヌ……!?」
 ぎく、と一瞬ゆれて、でも、どらこうはいや、とかやめろ、とか言わない。言われないから、おれは調子にのるのだ。すりすりってほおずりして、くちびるを、
「ッロナルドくん!」
「あ、」
 くちびる、を。くっつけたかったけど、さすがに、いやだったみたいだ。
 そう、だよなあ。ふふ。いやだよ、な、おれなんかに。
「……あ、は。ふふ……」
「ロナルド君、ほら、ジョンがお水持ってきてくれたから。飲んで、ね」
「ん……、」
ヌンヌのんで?」
「んー、うん……あぃがと、なあ……」
 ゆっくりからだをもちあげる。くらくらする、けど、まあなんとか、座ってられそうだ。ジョンからコップをうけとって、口にあてて、かたむけ、あれ? だばだばと水がこぼれて、むなもとをぬらす。
「んぅ?」
「オアーッこの赤ちゃんルド!! ああもう、貸して、ほら! んギギコップ渡せこのゴリラ……ッ!! ごめんジョン、タオルお願いしてもいい?」
「ヌン!」
 なんでコップ、とろうとするんだ。せっかくジョンがおれにくれたのに!
 とるなよお、もらったんだ。おれがもらった。せっかく、ジョンがくれたのに。
「ごめんなあ、じょん……」
「あのねえ、さっきから、私にもなにか言うことがあるんじゃないの」
「どぁこうに……?」
 いうこと。
 どらこうに?
「……、」
「……? ロナルドく、」
「すき」
 どらこうに、ずっといいたかった、こと。
「すき、だ。どらこ」
「――、」
「ごめ、な。ごめんな……」
「ちょ、ちょっと待って、ロナルドくん、」
「すき、に、なって。ごめん。ごめんな……」
 あーあ。
 いーけないんだ、いけないんだ。
 もうこれで、終わりなんだなあ。たのしいじかん。ゆめのような。ずっとくるくる踊ってるみたいな、たのしい、たのしいそれは。
 こわくって、コップをにぎりしめたら、ばき、って割れた。おれのきもちみたいに。
 てのひらにささって、血がにじむ。どらこうはおれの血をのまないから、これはむだにながれていくだけなのだ。かわいそうに。さようなら。
「――なんか、いえ、よお……」
 きもちわるいとか、しんじられないとか、あるだろ。
 なんかいえ、って言ったのに。どらこうはなにもいわない。無言のまま、ゆっくりおれの手をとって、てのひらにささったコップのかけらを、ひとつひとつ、ていねいにとりのぞいた。いたみで、酔いがすこしずつ、さめていくのがわかる。
「……、ドラ公」
「君さあ。ちゃんと今夜のこと、覚えておくんだよ。明日になったら忘れてるとか、そういうの絶対、絶対に許さんぞ。いいね?」
「ん、あ。うん……?」
ヌヌヌヌヌンロナルドくんヌヌヌヌヌヌドラルクさま……ヌァーッ!?」
「ああ、ごめんジョン、ありがとうね。次は救急箱お願いしていい?」
「ヌンッ!!」
「え、あ、ごめ、」
「ロナルド君」
 あ。
 冷たくて、真面目なこえ。
 ひゅ、と喉がなる。クソザコ砂おじさんが、たまに見せる真剣な顔。
「……ぁ、?」
「ロナルド君。よく聞いてね」
「ん、ん……」
 いやだ。
 君をそういう目では見れない、とか。紳士ぶってそういう振り方をするんだろ。
「気持ちを伝えてもらえて、とても嬉しい。私も同じ気持ちなんだ。君が好きだよ」
「……、……あ?」
「あ? じゃないわ、メンチを切るなバカ造が」
 いや。
 いや、だって、おかしいだろ!
「おま、おまえ! お前な、いくらお前でも、言っていい冗談とわりい冗談が」
「カーッ! ええい黙れ、いや黙らせてやるわ」
「は、なに――」
 むにゅ、って、くちびるをつめたいなにかが塞ぐ。
 いや、なにかっていうか、これ。
 これ!
「――……え、あ? なに……」
「なにって、キスさ。もっとすごいことだってしてやるから、覚悟しろよ!」

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