おおかみしょうねんの恋


     1

 騙されやすい自覚はあった。
 子どもの頃からそうだ。変なおじさんに声をかけられることはよくあったし、高校になってからは半田やカメ谷がいい例で。それでも、変なおじさんたちはともかく、俺は半田のことも、カメ谷のことも、好きだった。友達だと思っている。
 だから。
 ドラルク、のことも。嫌いじゃない。飯はうまいし、家事もしてくれるし。騙してはくるけど、致命的な嘘はつかない。本当に俺が死ぬかもしれないときは、助けようとしてくれる、から。
 好き、だった。好きに、なっていたんだ。
 
 次こそは騙されねえ。
 なんだバナナを剥くのは右側からがマナーって。俺も俺だわ、意味わかんねーけどわかった、じゃねえんだよ! 意味わかんねー時点でアイツの嘘だって気付けや。
「……次こそは、騙されねえぞ」
「ロナルド君?」
 首を傾げたドラ公に、なんでもない、と返す。今日のドラ公、なんか変なんだよな。ずっとソワソワ上の空で、空になったマグカップを何度も傾けているし。
 まあ、飯の味は変じゃないからいいんだけど。
「ごちそうさまでした」
 皿をまとめて席を立とうとした、その手にドラ公の手がかかる。料理してたから、手袋で覆われていない――紅い、爪。
「え」
「あ、あのね、ロナルド君。……ちょっと話があるんだけど」
「あ? 食ってる最中に言えや」
「うん、その……まあ、大事な話だから」
 はあ。
 仕方がないから浮かせた腰を下ろして座ってやると、ドラ公はなんか、安心したみたいな顔をする。なんだってんだ。
「――あのね、ロナルド君。私、」
 そろそろ出てくよ、とかか。

「私、君のことが好きなんだ。付き合ってくれないか」

「――……、え」
 え。
 あ?
 これも、嘘……なのか。そっか、……そういう嘘は、つかないやつだと思って、た、のに――いや。それも、騙されてた、んだな。
「……、」
「いや、あのね! えっと、ほら、私ならこうやって、毎日料理も作ってあげられるしさ!? 君の大好きなおっぱいはないが、それを補って余りあるメリットが」
「いいぜ」
 嘘なら。
 これが嘘なら、嫌がらせなら――了承されたほうが困るだろう。
 俺はもう騙されないのだ。仕返しだってやってやる!
「いいぜ、ドラルク。付き合ってやるよ」
「――、や」
 口角を上げて、言い放ってやった。
 これからドラ公が言うのは、嘘だよバーカピッピロピー信じやがったなゴリラ、だ。
「やったああああ!! え、ほんとに? 撤回なんかさせないからな! わーい!」
「……、は、え?」
「よかった、わあーッよかった! うれしい、ありがとう! 絶対に大事にする、幸せにするからね!」
「ど、らこ……?」
 は?
 いや、んな、大袈裟な。ドッキリの看板はどうした。なんでお前、俺のこと抱きしめたりして、んだ。
 そんな、本当にうれしい、みたいな顔をして。
 ――いや。
 いや、ありえねえ。これも含めて嘘なんだろ。わかってる。もう騙されねえって、決めたんだから。期待なんかしねえよ、うん。大丈夫、大丈夫。
「ロナルド君。あらためて、これからもよろしくね」
「――ああ、」
 こういう嘘をつかれるってことは、脈が完全にないってことだ。
 でも、嘘でもよかったじゃん。一瞬でも、俺の恋心は報われた。それだけで、もう俺はしあわせだ。これ以上のしあわせなんて、それこそありえない。
 ばいばい、さようなら。
 もう会うことはないだろう。

     2

「――んじゃ、俺パトロール行ってくるわ」
「待って待って、私も行くってば!」
 ゲームを起動してるとこ、確認してから言ったのに。電源を入れられてすぐ、なんの操作もされないままシャットダウンさせられたqs4が哀れだ。
「なんでだよ。ゲームしてろって」
「なにを言うか。君に悪い虫がつかないよう見張っていなければ」
「はあ?」
 ……、なんかさ。
 ドラ公の様子がおかしい。
 パトロールに、めっちゃついてくるようになった。退治依頼にもだ。そんで、こういうワケのわからんことを言う。悪い虫がどうとかもそうだし、一緒にいたいんだよ、とか言われることもあった。
 それも、やたらやさしい声で、やさしいひとみで言うからが悪い。
 俺なんかよりゲームのほうが楽しいだろ。いままでだって、俺を見送ったらゲーム三昧の日々を過ごしていたはずだ。なんで、いまさら、突然。
「ロナルド君?」
「……、いや」
 突然、じゃ、ないかも。
 あの日からだ。ドラ公が、俺に嘘の告白をした日。
 もしかしたら、あれがまだ続いているのかもしれない。なんて、なんてひどいやつなんだ! 俺の気持ち、なんにも知らないで。
 くそ。
 騙されねえし、思い上がりもしねえ。俺は、そう決めたんだから。
「……くそ……、」
「?」
 パトロール行くんじゃないの、なんて、白々しい声でドラ公が言う。ドラ公は無視して、「ヌヌヌイヌいかないの?」と首を傾げたジョンだけ撫でた。
「いくよ〜いく! ジョンも一緒に行こうねえ。ドラ公は置いてこうな」
「堂々とハブるなや!」
「ヌン!?」
 ああ、ずっとこの感じならいいのに。
 でもドラ公はやっぱりおかしい。たとえば、道が狭くなかったらかならず隣に並んでくる、とかさ。車道側にお前が立ったら、すぐビビって死んで大変なことになるだろ。ああほら、スマホガン見してるお兄さんのチャリが突っ込んでくるじゃん。
 死んだドラ公にびっくりして、お兄さんがこけたらまずい。スマホ見ながら運転するのがよくないにしてもだ。
「ドラ公」
「んぉわ!?」
 ヒョロガリおじさんのいいところは、簡単にその位置を移動させることができることだろうな。なにごともなく通り過ぎていった、スマホの画面に顔を照らされたお兄さん。あの人は果たしてドラ公に気付いたんだろうか。気付いてなさそう。
「スマホは便利なんだけどなあ」
「なに!?」
「ドラ公、前見てなかったのかよ。チャリ突っ込んできてたじゃん」
「いや見てたけど、……」
 ぱくぱくとなにか言おうとしたドラ公は、やがてにやりと笑う。
 あ?
「なに?」
「ンフ……ふっふっふ。ついに若造も私を畏怖り敬うようにブエーッッッ」
「殺した。俺が助けたのはお兄さんのほうだわ」
「まったく。照れ隠しにもほどがあるだろ」
 うるせえ照れてねえ、ってムキになって反論すると、クソ砂のからかいがしつこいのはわかってる。だから俺はさっさと歩を進めて、パトロールに戻るのだ。
 結局嘘つきおじさんは俺の隣に戻ってきた。
 戻ってこられるような速度でしか自分が歩いてないことに、見て見ぬふりをする。
 どんなにひどいからかいを受けたって、好きなことはやめられなかったから。
 
     3
 
 パトロールから帰り、メビヤツに帽子を預けて。
 さっさとキッチンへ向かうドラルクを尻目に、ジョンと連れ立って風呂へと向かう。ジョンが冷えちゃいけないから、先に洗ってやらないと。
 もこもことソープを泡立てて、イデアの丸たる甲羅を撫でていく。俺の力でへんにブラシとか使ったら、傷めそうで怖いから素手だ。
「ジョン〜、きもちいい?」
「ヌー!」
 うん、よかった。
 ジョンの態度は変わらない。それがひどく、安心する。
 のは、ドラ公だけだ。
「……、」
「ヌ?」
「ん、あ、いや。なんでも――、」
 もしかして。
 ジョンなら、わかるんだろうか。
「……ジョン。ジョンに聞きたいことがあってさ」
「???」
 腹の毛をゆっくり指ですいてやりながら、おそるおそる。
「あのさ、最近のドラ公、変じゃないか? ジョン、理由知ってる?」
「……ヌェ?」
「ほら、こう……なんかベッタリくっついてくるじゃん。いままであんなのなかっただろ? なんか変なもんでも食ったのかな。いや、飲んだ?」
「…………ヌァ……?」
 ジョンはもふもふをもこもこにしたまま、こてんと可愛らしく首を傾げた。
「ヌヌヌヌヌンヌ、ヌヌヌヌヌヌヌ……」
 ヌヌヌッヌルつきあってるンヌヌヌんだよね? と。
 つきあってる。
 ……、……………………。
「……それ、ドラ公の嘘じゃん」
「ヌェア!?」
「俺だってずっと騙されっぱなしじゃないよ。信じていいのか悪いのかぐらい、判断できるんだぜ? いつも騙されてるけど、そうだな。線引きくらいはするって」
 そんなに大きな口を開けてたら、口に泡が入っちゃうぞ。そう言ってシャワーヘッドをジョンに向けると、ジョンは慌てて口を閉じる。かわいい。
 もこもこを洗いながして、つるつるになった甲羅を確認する。洗い残しがあったらドラ公がうるせえからな。ジョンだって気分が悪いだろうし。腹毛も丁寧に泡を落として、うん。きれいになっただろう。
「よし。……ありがとうな、ジョン。あいつがなに考えてんのかわかったわ」
ヌヌちが
「んじゃ、俺も洗うから。さきにあがってドラ公になんかしてもらうんだろ?」
ヌヌウちがう!」
「ん? してもらわないの? どっちにしろ、はやく拭かないと風邪ひいちゃうぞ」
 抱え上げたジョンが、なぜかばたばた暴れている。なんでだろう。俺に触られるの、やっぱり本当はイヤなのかもしれない。
 だって俺は、ジョンからドラ公をとっちまったって思われてるんだもんな。それはものすごく申し訳なくて、すぐに脱衣所のバスマットへ降ろしてやる。
「ごめんな、ジョン」
「ヌヌヌヌヌンッ――」
 しんどい。
 しんどいな。
 ジョンに嫌われちまったみたいなのも、ドラルクがあの嘘を続けていたことも。
 ジョンがなにか言いかけていたが、聞いてあげられる心の余裕がない。黙ってドアを閉めて、声が聞こえないようにシャワーコックをひねる。ついでに、お湯から水へカランを回した。
 頭を冷やさないと、ふつうの顔でドラルクの前に出られそうになかったからさ。

     4

「遅いぞ、ロナ造」
「あ?」
 ドアを開けると、ドラルクが目の前にいた。ポンチどもが全裸にむいてくるときと、ただただ生活として全裸なときとじゃ、心構えが違うだろ。普通に恥ずかしいわ。
 遅いって言われても、しょうがないじゃん。結局涙が勝手にあふれてきちまって、なんでもない顔を作るのに苦労したんだ。
「ほら、拭いてあげるから――冷た!?」
「は、あ?」
 なに? なんなの?
 拭いてあげる、なんて言われたのははじめてだ。髪をろくに拭かないでダラダラしてたときに、髪を乾かされたことはあるけど。濡れた身体を拭こうとするなんて、いままでそんなことされたことないのに。
 死んだのはまあ、俺が思ったより冷たくてびっくり死でもしたんだろうが。
 砂山を無視してバスタオルをひったくり、身体を拭き始めると、ナスナスと再生したドラ公がバスタオルをつまむ。本人は掴んだつもりかもしれんけど、俺の感覚ではつままれたぐらいだ。
「んだよ」
「なんでそんなに冷たいの。あんなに長くシャワー浴びてたのに」
「……、べつに。いいだろ、お前に関係ない」
「よくない。いいわけないだろうが、関係大有りだ!」
 ぎろりと睨みつけられて、思わず顔を逸らす。けど、どうせ俺の顔を自分のほうに向けられないってわかっているドラ公が、わざわざ移動して俺の視界に入り込んだ。
がこんなに冷え切っていて、心配しないワケがあるか、バカ造め!」
「――〰︎〰︎〰︎ッ、」
 ……ああ。
 ああ、ああ、ああ!
 言うと思ったよ。
 だってジョンが勘違いするぐらい、ごっこ遊びは続いているんだもんなあ!!
「……もういい。いいよ。じゅうぶんだ」
「は? おい」
「お前が俺に嫌がらせすんの、好きなのはわかってる。でもさ、そういうの、よくないだろ。俺以外には絶対するなよな、マジで二度と復活できない殺され方するぞ」
「なに? なにを言ってるんだ、」
 なにを言ってる、って。白々しいやつ。
 身体を拭きあげながら、俺は続けた。
「最近ずっとベタベタくっついてくるのも、お前にしちゃ手が込んでるけどさ。……大好きなゲーム投げ出してまで、俺に嫌がらせしたほうが楽しいかよ」
「はあ!?」
 ぽたり、と髪から雫が垂れた。
 なんだか、さっきまで俺が流していた涙に似ている。
「俺はお前にさ、飯とか家事とかやってもらってるし。多少のことなら、殴るだけで済ましてやってもいいとは思ってるんだ。……だけどさ」
「待て、待ってくれ」
 待たねえよ、バカ。
 だって、お前は全然待ってくれなかったじゃん。
「……その嘘だけは。飲み込めない」
 まっすぐ目を見て伝えれば、嘘つきおじさんは黙って砂になった。
 大股でそれを避けて歩いて、パンツを履く。しっかりとパジャマを着込み、脱衣所を出ようとして、ジョンが怯えたようにこちらを覗き込んでいることに気が付いた。
「ジョン?」
「ヌ……、ヌゥ……」
「どうしたの? あ、クソ砂なら向こうで死んでるけど」
「ヌェ、……ヌヌヌヌヌン!」
「うん?」
 あれ。いつもなら、ドラ公のところに駆けてくのに。
 首を傾げると、ジョンは背筋を正して俺に言う。
ヌヌヌヌヌヌヌヌヌシドラルクさまのはなしヌイヌヌヌヌきいてあげて!」
「え?」
 あいつの話を聞け、って言われても。
「……、」
ヌヌヌイおねがい
「ありがとう、ジョン」
「うわ!」
「ブエア!!」
 咄嗟に裏拳出ちゃった!
 いやでも、背後から突然近付かれたらそうなっちゃうじゃん。俺退治人なんだぞ。
 触った感触がないから、たぶんビビって死んだんだろう。砂が床に散らばる音と、再生する気配。予想はつく。確認はできない。
 振り返ることすらできない俺の腕を、ひどく弱い力がくんと引く。
「ジョンもこう言ってる。……頼むから、ふたりで話そう」
 そう言って、ドラ公は予備室を指差した。
 あいつの顔は、たまにする真面目な顔で。話を聞いてやってもいいのかな、とか思わせてくるようなそれだ。もしここで嘘を重ねるなら、そんときに対処を考えればいいか。殺して栃木の親父さんのとこに砂を送りつけるとか、さ。そんなことを考えながら、ふらふらと予備室を目指す。
「どうしたの」
「あ? ……いや」
 とはいえ、ながいこと考えているような暇があるほど広い家じゃない。ドラルクは配信用の椅子に、俺は床に。座ろうとして、阻まれた。
「?」
「これ。お前のケツには小さいかもしれんがね。床に座るな、ただでさえ君、いまは冷えてるんだから」
 差し出されたのは、ジョン用のクッションだ。ふわふわで、やわらかい、ジョンのためにドラ公が用意したもの。ドラ公が、大切なマジロのためだけに。
 ――だめだろ、そんなの。
「要らねーって、ジョンが」
「使え。いいから。私の話を聞くように、ジョンに言われただろ」
「話を聞けとは言われたけど、言うこと聞けとは言われてねえよ」
「屁理屈をこねるな!」
 ぺそ、と腹のあたりにクッションが落ちてくるのを受け止める。
 ほんとうなら、きっと顔に投げつけたかったんだろうな。クソザコおじさんには、そんなことも満足にできない。
 できないくせに、やろうとするところ。
 俺が飲み込むかどうかはべつにしても、俺のためにやってくれているところ。
 そういうところが、好きだった。
 諦めなければいけないとわかっていても、そう簡単にはいかないのだ。
「仕方ねえな。ジョンにあとで謝らねえと」
「そんな必要なかろう。ほかでもない君に貸すんだぞ」
「なに言ってんだ。俺だからだろうが」
 ごっこ遊びでも、ジョンからドラ公をとろうとしてたんだし。
 そう思いながら腰を下ろす。俺の体重じゃ潰れちゃうだろうから、早いとこ話を切り上げねえとな。
「で。話ってなんなんだ」
「……ジョンから聞いたんだ。お前は、」
 ドラ公は一度言葉を切って、うつむく。首を振り、それからまた俺を見た。
「ロナルド君は、私の告白、嘘だと思っていたの」
 らしくない、震えたような声だ。
 どうして、お前がそんなつらそうな顔をするんだろう。
「……、いや。逆に、嘘じゃねえのに、お前はあんなこと俺に言ったのかよ」
「嘘じゃない。そんな嘘はつかない!」
 がたん、と椅子が揺れる。
「なんで?」
「ッ、……きみのことが、好きだからだ!」
「はあ」
 そんなわけないだろ。
 そう返す声が、思ったよりも冷たくなった。
「あんだけ嫌がらせしてきておいて。嫌いならわかるけど、好きなワケないだろ」
「いやが……、く、そう、かもしれないけど! ロナルド君の反応が好きなだけで、お前が嫌いだから嫌がらせしているワケじゃない。だいたい、私が嫌いな人間とこんなに長く暮らしていられるワケがあると思うか!?」
「それは、俺が騙されてるのを見るほうが、俺を嫌いな気持ちより強いとかじゃん」
「だから、違うって! たしかに、お前を揶揄うのは楽しいと思っているさ。でも、それは許されていると思っていたからだ! ロナルド君が嫌だというなら、もうしない。許されないことをしてきたのなら、……謝るから!」
「はは。すげえ不服そうに言うなよ」
「不服だとも。私は謝ることが大っ嫌いだ。でも、……きみに許されるためなら、どんなに嫌いなことでもやってみせる。それくらいの覚悟がなきゃ、告白したりしない」
「……、」
 騙されねえ。
 そう決心したはずだ。
 なのに、気持ちがぐらぐら揺らぐ。
 もしかしたら、本当なのかもしれない。そう期待しちまうのは、ドラ公があんまり必死だからだろう。
 ……いや。
 もう、騙されていてもいいんじゃないのか。
 やっぱり嘘だったじゃねえか、っつって殴って、砂にして、それで終わり。俺の、こんなみみっちい気持ちは本当に終わりにして、なんでもないように笑う。
 それが、本来あるべき姿だろ?
 なら、もう、いっか。
「わかった、わかったよ。ドラ公」
「……なにが?」
「お前の気持ち。わかったよ。お前が俺を好きだって、。だから、謝るとか、そういうことを無理にしないでいい」
「……だ」
「お前は、お前のやりたいことだけやっていればいいんだ」
 そこに俺なんかの感情はどうでもいい。
 もやもやとしていた気持ちは、不思議と凪いでいく。なんだかようやく楽になった気がして、自然と口角が上がったのがわかる。
「ダメだ」
「あ?」
「ダメだ……そんなのはダメだ! ねえ、君が信じてくれるために、私はなにをすればいい。どうしたら、……」
 ついにドラ公は、椅子から崩れ落ちた。
 俺の目の前で膝をついて、うつむく。落胆したように。途方に暮れるみたいにして。もうすこしでも頭を下げれば、土下座みたいな格好だった。
「ドラ公」
「……、」
「ほら、ジョンのクッション使えよ。床に膝ついてたら死ぬだろ」
「……!!」
 ぐわ、と。
 ドラ公は突然顔を上げて、俺に掴みかかってくる。だけど、クソザコの力なんかで俺がぐらつくわけもない。それがクッションを尻の下から引き抜いた、膝立ちの格好であったとしてもだ。
「?」
「私は、きみを騙しているんだろ。そんな相手の死を、どうして慮るんだ」
「ええ? いや、まあ……」
 べつに……俺はドラ公をバカスカ殺すけど、それはただドラ公が煽ってくるから、というだけの理由だし。
「お前が揶揄ってこないなら、べつに殺す理由も……?」
 ン。
 あれ?
 いや、そうか。ドラ公はいまも、現在進行形で俺を揶揄っているんだった。
「そうか、そうだったな。じゃあ死んでも」
「ロナルド君、なあ! お前だって、もう気付いているんだろう。私はいま、きみを揶揄ったりしていない!!」
「……ドラ公」
「頼む……、頼むよ。たったこれだけでいいから、信じて……」
「なんでだよ、……せっかく、騙されてもいいって、言ってやってるのに」
「ッ――私は、そんなことを望んでいないからだ!」
「なんで? やっぱり、信じたところを裏切るほうがきもちいいからか?」
「違う。私は、きみを裏切るつもりなんかない」
「……俺は」
 肩の手を外す。コントローラなり、調理器具なりを握るおかげか、意外と握力だけならなくはないんだよな。でも、俺の力にはかなわない。
「俺はもう、騙されねえって決めたんだ」
「……ッ」
「でも……、」
 それでも。
 どんなに引き剥がされたって、ドラルクの手は俺に縋りつこうとする。
「お前が。……お前が、俺を裏切らない、なら」
「ロナルド君、」
「それは……騙されてねえってことに、なるのかな」

コメント

  1. 匿名 より:

    おわああああハピエンー!カムバックカムバック!!
    うぅ···柗村様の動きの描写とか心情描写好きです···
    読んでて泣きそう···

    • 柗村 より:

      コメントいただいて久々に読み返し、「なんで続きがないんですか!?!?」になりました。ファイルを見たらほんっっのちょっとだけ続きが書かれていたので、このまま進めたい気持ち……!(と22年に返信していましたが、まだ書き上がっていません、申し訳ないです……)
      コメントありがとうございます!