小説の中のきみへ

「君、好きな人がいるでしょう」
 ひぇ、って、情けない声が出た。
 え、だって、なんで? すきな人にそんなこと言われたら、そうなっちゃうだろ。
 とんとん、とらしくなく、ドラ公は机をゆびさきで叩いている。不快をあらわにされて、俺は縮こまるしかない。どうしよう、どうしよう。
「せっかく私が作った料理も味わうことなく、ずーっとスマホ見てばっかり。マメに連絡くれる人なのかな?」
「へ、あ? え?」
 ん?
 あれ、俺、恋人できたと思われてる?
「いや、これは。ちょっと、気になってる小説があって」
「小説?」
 勘違いを正そうと思って、俺は素直に言う。どうせ嘘も下手だし。ずいと身を乗り出してくる吸血鬼に、こくりと頷いてみせる。
「お、おう。……ほら、ロナ戦もさ、ありがたいことに二次創作してもらえるから」
「本当に? そうだとしたら、間違っても君の名前でコメントするなよ」
「わーってるよ、匿名でしかしてない」
「してるんかい。君だと気付いたらその人死んじゃうぞ」
 あ、あ、よかった、ドラ公がいつもの感じになってきたぞ。
「うん、まあ、そういうことだ。……食ってる時まで読んでたのは悪かった」
「マナーとしても普通に悪いからね。以後気をつけなさい」
「うい……」
「返事ははいだろうが。で?」
「え?」
「君がそんなにハマるってことはめっちゃ面白いんでしょ。読んでみたーい」
「え、だ、ダメだ!」
 スマホを胸に抱いて断固拒否のポーズを取る。でもそんなの、この享楽主義者には悪手でしかねえんだ。余計に興味を刺激された顔で、アイツはニヤニヤと笑う。
「ッ、どらこ、マジで、その」
「なあに。もしかしてえっちなやつ? 巨乳のお姉さんに甘やかされるロナルド様とかかね。俄然読んでみたーい」
「ち、ちがく、ないけど」
「違くないんかい」
 でも、でも、違うんだ。
 俺を甘やかしてくれるのは、巨乳のお姉さんではなく。目の前にいる砂おじさん。
 俺の大好きなドラロナ二次創作と違って、このおじさんは俺をそういう目で見てるわけじゃない。それは一緒に暮らしてる俺が一番わかってるんだ。
 それはもう脈無し。死体レベル。
 片想いの苦しさにネットの海を漂っているとき、ふと辿り着いたのがこれだった。
 いままで、ロナ戦の二次創作は絵だけ楽しんでいたんだよ。小説はほら、文体が吸い寄せられるとかあると怖いし。そう思って耐えていたのだ。
 でも、ドラロナの絵や漫画だけではもう、我慢できなくなってしまった。
 やっぱり俺、文章が好きなのかもな。
 イラストではないからこそ、ドラ公の顔をリアルに想像することができる。それに気付いたらもうだめだ。ヌクシブにあるドラロナのログを全部読破してしまい、いまは新しい更新があれば即読みに行く。目立った作家はヌイッターの通知をつけているので、見落とさない。ほとんど依存していた。
 まあ、そんな生活なら不審がられても仕方ないかもな。
 でも、だって。
 ドラ公が俺をすき。そんな夢みたいな世界、浸りたくなるだろ。
「……ドラ公が不快なら、もう見ねえようにするから。それで許してくれ」
「……ロナルド君?」
 声が震えた。ドラ公が、不快。俺がドラロナ読んでるの、不愉快、だろう。
「まあ、たしかにね」
 一度ドラ公がマグカップを傾けて、喉を潤す。
「せっかく目の前に私がいるのに、君は空想のなかにいるなんてつまらないよ」
「……?」
 与えられた言葉は、咄嗟に理解できなかった。ドラ公を見ると、やけにやさしく微笑んでいる――まるで、二次創作で見た、恋人の俺を見てる時のドラ公に似て。
「ねえ、ロナルド君。小説に恋するくらいなら、私にしなよ」
「な……に、言ってんだ? それじゃ、俺がお前に恋しろって言ってるような、」
「そうとも」
 料理のあとだから手袋のない、赤いゆびさきが俺の頬をすべる。
「ねえ、好きだよ、ロナルド君。データの誰かじゃなくて、私にしなよ。ね?」

コメント

  1. 匿名 より:

    はぁぁぁぁーーーーーかわいいーーーー。その大好きな小説を書いているのがじつはドラちゃんだったらなんて考えてしましました。ああああーーーー幸せになれーーーーーー。

    • 柗村 より:

      なるほど! その発想はなかったですね……。かわいいやったー!
      コメントありがとうございます!