――散々な目に遭った。
「あーあ。今日も楽しかったねえ、ジョン」
「ヌー!」
だというのに、後ろから聞こえる能天気な声。
腹が立ったから、アイツによおく聞こえるように、大袈裟なため息を吐いてみせた。どうせ気にも留めないのだろうけれど。
「なにをため息なんか吐いとるんだ。君が最初からちゃんと本気を出していれば、勝負は五番目までもつれこむことはなかっただろうに」
あ?
乗ってきやがった。
「うるせえ。ジョンだけならともかく、てめえみてえなクソザコが賞品なんてよ」
フクマさんのひと声がなけりゃあ、今頃こんな砂野郎はシーニャんとこに棄てて帰れたっつうのに。もう一回、今度は本気のため息を吐く。
砂カス野郎。
滑り込み居候おじさん。
おじさん、ってだけならまだ良い。いや良くはねーけど。だがとりあえず、人間のおじさんならまだ良かったんだ。
吸血鬼。
吸血鬼退治人である俺の家に転がり込んだのは、吸血鬼である。
ギルドでのバカ騒ぎを終えた帰り道。トボトボと歩く俺の横に、その吸血鬼が当然な顔をして並ぶ。ねえねえ、なんて軽い声。
「君、唐揚げ好きなの?」
「……、は?」
なに?
唐突な質問に、つい砂のほうを向いちまった。
なんつうか、こう――違った、から。
揶揄ったりしてる声音じゃなかった。純粋な興味、疑問。そういう、どこにも悪意のないものを、この吸血鬼はたまにぶつけてくる。
正直、苦手だ。
そんなん無下にしたらさ、こっちが悪者みてえじゃん。ノイズを抱えちまわないように、必死になって声を硬くする。『ロナルド様』の声音を作って、ぶっきらぼうに。
「……だったらなんだよ」
「ほら、今日ギルドで頼んでたでしょ、君。マスター、料理上手い人だよねえ。手際でわかるんだよ、さすがはプロだ」
「それは……、まあ」
料理。
料理ねえ。
この吸血鬼おじさんは、勝手に俺の冷蔵庫を開ける。砂カスが餓死しようとどうでもい……、いや……まあ……、バディものが書ける程度には生きてもらわねーと俺がロナル子ちゃんになっちゃうんだけど、それはともかくとして、こいつはどうでも良いんだ。だが、問題は砂の頭上のかわいらしいアルマジロだった。
ジョンは使い魔だから、人間みたいな食事をするらしい。え? 血じゃねえのか。そういう素朴な疑問は、たぶん素直に聞けばカスもジョンも教えてくれるんだと思う。思うが、だからといって素直になれるかどうかは別問題だ。
とにかく。
俺の貧相な冷蔵庫を見て、砂はなんか、いろんな食材を買わせてきた。ジョンのためだと言われてしまえば、まあ……仕方がねえだろう。ジョンはかわいいし、かわいいジョンがひもじい思いをするのはいやだ。
俺はどうせ、冷蔵庫なんてたいして使わねえし。冷蔵庫も、使われないで放置されるよりは、役目を果たしたほうがいいだろう。冷蔵庫のきもちなんて、俺にはわかんねえけどさ。俺だったら、ただ置いておかれるよりは使われたいと思うかなあ。
そんなズレだした思考に、吸血鬼が水を差す。
「ね、ロナルド君」
「……あんだよ。疲れたんだ俺は」
「今度、唐揚げ作ってあげようか」
「は?」
……なんて?
適当にいなすつもりが、吸血鬼のほうへと振り向いていた。ドラ公はなぜか楽しげな笑みを浮かべていて、俺の困惑が深まるばかりだ。
「好きなんでしょ?」
「いや……いやいや、俺が唐揚げを好きなのと、ドラ公が唐揚げ作んのと、どこでどう繋がってんだよ」
「君だって、どうせ食べるなら好きなもののほうがいいだろ。ジョンにはちょっと高カロリーだが、まあ初回ぐらいは豪華に行こうじゃないか。ねえジョン?」
「ヌー!!」
「要らねえ」
前へと向き直って告げた言葉に、ピタリ、と主従の動きが止まる気配がする。足まで止めてやがるから、俺とあいつらの距離がどんどん離れていった。
そのまんまどっか行っちまえ、と願ったが、そうは上手くいかねえんだよなあ。ダバダバと追っかけてくる吸血鬼が、俺をロナルド君、と呼ぶ。
「どうして? 好きなんだろう?」
「俺が唐揚げを好きなのと、俺が吸血鬼のメシを喰うのは別だろ」
コンビを組んだとして、だ。
線引きはどうしたって必要になる。
情なんてものはノイズに過ぎねえ。いざというとき――こいつを本当の意味で殺すときに、ノイズのせいで殺せなかった、なんてことにならねえために。
踏み込まなくていいところは、踏み込まないでおくべきだ。
懲りねえおじさんはなおもなんか言ってるが、無視をした。
ビルに戻り、エレベーターで登る。今日は疲れたから階段はいやだった。狭いなか、まだおじさんはわあわあなんか言ってたけど、スマホを弄って無視を決め込む。
あーあ、やっと事務所だぜ。
「……うおッ」
『――、』
「メビヤツ! なんで起きてるんだ」
ドアを開けたら一つ目が俺を見ていた。怖! 頼むから事務所でビーム誤射しねえでくれよ。そう思いながら、帽子を脱いでそれに被せる。
吸血鬼に帽子掛けにしろ、と言われたときはこいつバカか? と思ったが、実際にここに置いとくのはかなり便利なんだよなあ。ムカつくぜ。
「ただいま」
『……、ビ』
「……?」
あれ?
こいつ、いま笑った?
んなワケねえか。
「どうしたの? 早く入りたまえ、後がつっかえてるんだから」
「うるせえカス」
勝手に詰まってろバーカ、と肘鉄したら当たる前に死んだ。
砂を放置し、事務所を通過して、居住スペースへ。ジャケットを脱いで、適当にソファへと放る。
「あ! こら、皺になるって言っとろうが。まったく……」
「……、」
べつにさあ。
皺になろうがなにしようが、お前に関係なくねえか?
そう思うのに、あの吸血鬼は当たり前の顔をしてジャケットを拾い、ハンガーにかけている。
それがまるで、当然のことみたいにして。
「それで、ロナルド君。さっきの話だけれど」
「あ?」
「唐揚げ。食べるよね?」
「……、しつけえ」
いやほんと懲りねえなこいつ。あんなに無視したんだぞ俺。
これはもう、食うって言うまでずーっとこの話題が続くのかもしれねえ。それはマジで面倒臭えなあ。でも。漂ってくるにおいからして、このおじさんはたしかに料理が上手いんだろう。ジョンもいつも美味そうに喰って、あ、いや、いつも見てるってワケじゃねえ、ねえけど、その。
「さっきから言ってるけどね、私は家事が趣味なんだよ。料理もそのひとつ。ジョンと君じゃあお腹のサイズがどこからどう見ても違うだろう? 私もいろんな料理が作れて、君は腹がふくれる。君は人間なんだから、料理は食べなきゃ生きていけない」
「……、」
「それなら、私は料理を作って趣味を楽しむ。君とジョンでそれを食べる。これぞまさしく、ウィンウィンというやつではないかね?」
――ああ、もう。
「……はあ、」
わかったよ。ひどく小さな声は届いたようで、吸血鬼は牙を見せて笑った。
コメント
まだドラちゃんが来たばかりの、警戒心が強いロナルド君たちのお話大好きなので、読めて嬉しいです。ジョンがかわいいから、お腹空かせたらかわいそうだからとか色々言い訳を考えているロナルド君、かわいすぎます。なんだかんだ受け入れてしまっていることが垣間見える描写にニコニコしちゃいました。
コメントありがとうございます!
チョロノレドとはいうものの、考えること自体はしてると思うのでちょっと書けて楽しかったです〜